ヘリオスの光を受け赤みがかる星雲の輝きが一面に広がっている。先ほどまで凄惨な争いが行なわれていた地上は息を潜めようと静寂に保たれている。時折、破壊され尽くした残骸から巻き上がった炎が破裂音を吐き出す。人間が咳き込むように。味方か敵かも分からないガラクタに横たわり、ただ遥か遠くに広がる星雲を眺める。損壊した体を動かせなかったからだが、星雲の広がりを目にしているうち、例え稼働可能であったとしてもこうして横たわっていただろう。本当に、静かだ。星雲が戦場となった小惑星を包み込もうとする感覚があって、そうなった時は眠りに等しいだろう確信を起こす。不思議と最高の気分になった。誰かが俺を愛してくれている想像をした。
***
軍用IDがインプットされた小型爆弾の埋め込みが終わり、カートは晴れて兵役を終えた。うなじを掻く仕草を見た軍医が「バカなこと考えるなよ」と釘を刺す。
志願兵が受けられるサイボーグ化手術の費用は国税で賄われている。そのため、退役後のサイボーグを公用物と捉える風潮があった。そんなものが仮に犯罪を起こしたら等々様々な理由から、退役時には小型爆弾が脳幹付近に取り付けられるというわけだ。公用物と言われる反面で、サイボーグ化した軍人たちに対する人権擁護団体もあり——あほらし、とカートはぼやいた。
「遠隔で爆発させれるもんつけられちゃ無理な話しじゃないすかね」
「真っ当に生きてればそんなことにはならん。それに年金の受給はそいつを読み取るんだよ」
「さいですか」
処置室を出て行こうとするカートの背に声が投げられる。
「ヘリオス第五惑星に行ってたんだろ、贅沢しなきゃ脳の限界まで動けるぞ」
軍医にとっては特別報奨の話しだった。カートは延髄から湧き上がる光景を捩じ伏せて中指を立てた。
生家はカートが売られる前より幾分と朽ち果てて、人が住むに適してはいなかった。隙間風だけは防ぎたいのか壁にいくつもの板が打ち付けられて、壊れた兵士から部品を漁った結果のカートに似ている。なので、初めに裏口から出られないようロープでドアノブと庇を固く結び玄関へと戻った。呼び鈴は壊れていた。ドアノブを回すとあっけなく開き、内側から鍵を見ればそちらも同様に壊れていたのでカートは喉元からため息を鳴らす。ドアを閉じ、近くにあった椅子をドアノブに引っかけ立て掛ける。リビングではない。キッチンでもない。母親の寝室を開けると、全裸で横たわる姿があって、カートは何やら気だるげに話す声を無視してベッドに近づいた。母親の体がやっと動き、カートの姿を捉えると驚愕とした表情を浮かべる。大声を出しそうだったので、首を締め上げる。ベッドが大きく軋む。
「るせぇな」
ともかくカートは会話のために母親を落ち着かせる必要があった。暫くして母親は喚こうとするのをやめた。やっと会話ができる。「ただいま」とカートは声をかけたが返事はなかった。カートは母親がヒステリックな姿を見せたあと、銅像のように反応がなくなったことを思い出して暫く会話は無理かと納得しベッドから離れる。次いで妹の部屋に向かった。妹の部屋はカートが最後に見たときより家具や小物が増えていたが、すべて埃が被り長らく使われていないことを示していた。家を出たのだろうか。そうならば探す必要がある、しかし後からでも問題はないことだ。カートは自身の部屋のドアを開けようとするが、建て付けが悪いのかなかなか開かない。
「えぇーおたく誰ですか?」
振り向くとサイボーグの男が立っていた。シャワー室を確認しなかったことを思い出す。
「お前こそ誰だよ」
「俺? 俺はクレイマーさんに御指名いただいたマッサージ師」
簡素なディスプレイを点滅させると男は両手を開き肩を竦める動作を行った。次はカートの番だった。
「カート・クレイマー」
「あー、軍に行った息子さんか。一時帰還? それとも兵役終わったの?」
陸軍って結構長いんじゃなかったっけ、と続けながらマッサージ師を名乗った男は二歩下がった。範囲外だ。兵役が終わったことを伝え、カートはシャワー室の確認を忘れていた、必要がないと判断した脳に呆れていた。男が母親の寝室を覗いて、再びカートに向き直る。目に位置するランプが数度点滅する。
「俺は宇宙軍情報部にいたマックス・マカリスター」
マックスと名乗り直した男が自身のうなじを指で軽く叩く。
「まだあんの?」
「なきゃまずいだろ」
「それがそうでもないんだよね」
マックスが両手を挙げ床に座る。
「あちらさんIDでしか確認しないから、これほしがるバカって結構いるんだよ」
マックスの運転する車の助手席に座ったカートは黙ったまま、電光掲示板と散らばる星の光が尾を引く様をぼんやりと見つめていた。
「軍もほぼ黙認状態でさあ、無駄金だよねぇ」
あ、と小さく声をあげるとマックスはダッシュボードを漁り吸引式キャンディを一つ取り出した。
「食べる?」
支給品にあった砂糖使用の鎮静品そのものだ。カートは眉を顰めてから「どうも」と手に取った。キャンディのボタンを押し、点滅を繰り返すランプを見つめる。数秒後、点灯状態になったことを確認すると顎下のジャックに差し込んだ。「慣れてんねぇ」とマックスが笑い声を発した。
「何かの縁だし、これからも仲良くしよーよ。俺のマージンは2割でいいよ」
「別に、全額でもいいけど」
脳が内側から拡張されていく感触があった。星雲のような靄がカートの脳に宿っていく。あばら小屋と岩石ばかりの光景がよみがえる。その中でカートは小さな背を追いかけ笑っていた。
「すぐ自壊するつもりないなら受け取りなって」
妹が振り向いて笑っているようだったが、その顔は光の帯で遮られカートの記憶からは焼き切れてしまっている。人間であったころ。人間である縁。カートは妹を探そうとしていたことを思い出して、それはマックスの言う通り金が必要なことだ。
***
新しい就職先は以前よりも不安定で、以前よりも高額な金を手に出来る。カートはリビングで寛ぎつつ、新調した腕を動かして接続の確認を行っていた。あれから数年経つが妹はまだ見つかっていない。肩、関節、手首、指、すべてを稼働し終えるとカートはゆっくりと背もたれに体を預け、リビングの棚に増えた船の模型を眺めた。ここらで見ない形であったが、製作者のマックス曰く地球における船であるとのことだ。試しに組み立てるかと言われたが、不可思議な骨組みとパーツの多さですぐさまに匙を投げたことは記憶に新しい。
結局、カートはマックスの家に転がり込んでいた。生家に戻るわけにもいかず、住居を見繕わねばならなかったカートが旧式サイボーグの後をつけようとしたところで提案されたのだ。面倒見の良い男だ、とカートが改めて思ったところで通信用端末が音を立てる。マックスから買い物の依頼がきていた。やることもない、椅子から立ち上がるとカートは外へ出た。
なので、行きがけに通りがかったからだった。カートは新調した腕についた血をうんざりとした気持ちで見ていた。ゴミの集められた一画で数人のサイボーグと強化人間が倒れていて、それはカートの腕を汚した張本人であったので今一度足を振り上げて蹴りつける。謝罪がない。それもそうかと思いながら、だが、痛めつければ誰だって謝罪が出来ることをカートは知っている。繰り返し蹴り続けていると、高い声がカートの聴覚デバイスを揺らした。腕についた血を拭うように腕が絡まっている。
「あの、たすけてくれて、ありがとぉ。あたしもう平気、です」
カートは何度か瞬きを繰り返した。
「別に、通りがかっただけだし……」
強化人間の少女が額から伸びる触角を揺らした。えっと、と舌足らずに言葉が続く。
「じゃあ、通りがかってくれてありがとう、だね」
「ああ、うん」
少女はカートと合わせていた目を伏せると、回していた腕を緩めた。「チハルのせいで汚れちゃった」そう言うと袖を使ってカートの腕を拭い始める。驚くべきことに、痛めつけずとも感謝を示すものはいるのだ。そういうものではなかったはずだ、とカートは考えた。考えてから、まるで人間のように扱われているのだと気付いた。
「俺んち近いから、」
え、とチハルの目が再びカートを捉えた。目の中にしかめ面をした男の顔が見えて、カートは目を逸らした。
「いろいろうろつき始める時間だし、取り合えず最後まで面倒みるよ」
「あー……」
カートの視線がチハルの足へと動く。てらてらとした光を反射していた。
「シャワーもあるから」
チハルの腕が離れ、服のしわを伸ばすように裾を握りしめた。倒れて動かない男達と、備えられた監視カメラに目をやる。カメラに書かれた管理番号は、マックスが以前ハッキングしたものと同じであった。問題はない。カートはチハルの肩に手の甲を当てた。弾かれたように顔が上がる。「なんもしないよ」ジャケットの胸ポケットに入れていた住民証明カードを差し出した。会社の社長から仕事以外では持っておけと顔を殴られたことを思い出して、こういうときに必要なのかとカートは納得した。カードを手にした小さな手、指先は彩られた爪があるが数本は折れてしまっている。
「ここ何て読むの?」
「元陸軍特殊作戦部隊」
「ふぅーん」
興味がないのか、理解していないのか曖昧な反応だった。
「退役したサイボーグが爆弾仕込まれることは知ってる?」
カードを返そうとしたチハルの目が僅かに大きく開き瞬いた。
「脳波も読み取るんだけど、明確な敵意を持って行動すると爆発すんだよ。確か」
そんなんだった気がする、よくしんねぇけど。カートの言葉にチハルは息を飲んで「ひどいね」と呟いた。
「お陰で安全だって分かったろ」
「そぉだけど……」
カートは次にかけるべき言葉を見つけることが出来なかった。マックスなら上手く言うのだろうと思いながら、小さな背に手を当て前に押し出すことしかできなかった。
「え、女の子は頼んでないよ」
家に戻ったとき、リビングで模型を作っていたマックスはカートとチハルの姿を見てそう発した。そこで買い物に出たはずだったと気付く。
「わり。忘れてた」
「えぇ〜?」
カートは二の足を踏むチハルに「あいつも元軍人だから」と声をかける。マックスが「安心してね、何も出来ないから」と言葉を続けた。ソファから立ち上がりチハルの傍に近寄ると膝を付き目線を合わせる。首を傾げて「汚れてるね。シャワー室、案内するよ」と手を差し出している。マックスがチハルの手を取り歩く後ろ姿に、目線を合わせれば楽だったのかとカートは驚いた。表情の乏しさを補うために大仰な動きをするマックスを見習わなければない、チハルとは長い付き合いになるのだから。
戻ってきたマックスに、カートは監視カメラの管理番号を伝えた。「オッケー」ソファに座り直し、首元を弄ってから左腕のデバイスを叩き始める。
「新しい腕どうだった」
「まあいい感じ」
隣のソファにカートも座ると、シャワー室の方向へと目を向ける。チハルは気付いていないようだったが、全員動けなくしてあるし、サイボーグの通信用回路も壊してある。内臓を潰し、酸素ボンベと循環液を流す管も壊した。あと数時間もすれば死ぬ。廃品になる。ゴミにまみれた場所からは折れた爪の破片や、壊されたチハルの通信端末が見つかるのだろう。カートは両手を動かし、指を組み、離した。金属の擦れ合う音が繰り返し響く。マックスが「うるさー」とぼやく。
「砂糖でも吸って待ってなよ。女の子のシャワーは長いよ」
「身内がやってるとこ見たいもんじゃないだろ」
マックスの顔がカートに向けられる。
「なに」
指先がボタンを一つ押す。マックスは左腕の袖を戻すと「終わった」と鳴らす。まるで筋肉を解すように両手の指を動かしてから、模型作りを再開している。カートは摘まれる細かなパーツが組み上がっていくのを眺めながら、チハルが戻ってくるのを待っていた。寝る場所は自分の部屋を宛てがえばいいだろう。ベッドはないがリクライニングのソファはある、暫くはそれで我慢してもらえばいい。
翌朝、カートはマックスの言葉を聞きながら愕然とするチハルの顔を観察していた。瞳孔が開き、忙しなく動く。目が伏せられ、腕をさすって、膝を抱えるように座り込み唸っている。マックスが背を撫でている。カートもそれに倣うことにした。チハルの肩に手を置いて「暫くここにいていいよ」と伝える。
「外出られないのはしんどいかもしんねぇけど」
「まあ、指名手配されてちゃ流石にね」
床に水滴が落ちている。泣いているようだった。カートはチハルを抱き寄せると軽く背を叩いてやる。幼い頃が思い出された。あの時は腕の中にひどく熱い体温を感じたが、今カートの体は何を得るでもなかった。大声で泣き始めたチハルによって、聴覚デバイスが振動するだけだ。
「誤解といてもこっちが手配されるだけだしなあ。俺らもいい感じになるように調べとくよ」
涙は引いたようだった。しゃっくりを繰り返すチハルはマックスの言葉を聞きながら何度も頷いている。それから、すっかり染みが出来たカートの服を見て「ごめんなさい」と触角を下げた。
***
搬入したときは驚いて使うのすら躊躇っていたベッドの上でチハルが丸まって眠っている。シーツを巻き込んで頭まで覆い尽くしている。カートは隣に横たわると、白い死体袋めいた形ごと抱きしめる。きゅう、と音がしてシーツが蠢いたが、少しすれば動きを止めて寝息が聞こえ出す。カートはこの数ヶ月でやっと遠慮をなくしたチハルと接することが出来た。それは昔のようにだが、過去と違いクローゼットの中で二人してシーツに丸まってはいない。弾力性の高いベッドの上だ。チハルは気に入っているだろうかとカートは考えたが、先ほどまで吸っていた砂糖が脳に染み渡り思考はすぐさまに溶けていく。星空が見える。
カートが目を覚ました時、チハルは腕の中にいなかった。休止状態の脳がゆっくりと動き出す。ベッドから立ち上がり廊下へと出る。リビングから声がする。
「次これ?」
「そうそう、さっきつけたやつにね」
カートがリビングに足を踏み入れると、振り向いたチハルが「おはよぉ」と声を出した。手の中には作りかけの船の模型がある。マックスがからかうように続ける。
「起き抜けの砂糖やんならこっちこないでね」
「やんねーって」
「ああいってるけどさあ、チハルちゃんいないとこではバカスカ吸ってんだよ」
「そうなの?」
チハルは首を傾げてから曖昧に笑った。
「え、吸っていいよ。ヨウくんもやってたし」
「だってさ」
誰だよヨウくんって。カートの呟きに「元カレ」とチハルが返す。視線は模型に戻されていた。引き出しの吸引機を取り出し、カートリッジを差し込むとボタンを押す。数秒の点滅。点灯状態になった吸引機を差し込んで、カートはチハルを抱えるようにソファに座った。「向こうでやってって言ったじゃん」とマックスが言うのを無視して、チハルの手の中で組まれている船を覗き込む。よく分からない形の棒が次々と組み合わさっていく。
「おー、カートくんがほっぽり出したやつ完成したねぇ」
マックスが拍手をする。チハルは眺めていた船を自慢げに動かし「カートくん完成〜」とカートを見上げて笑った。
「チハルちゃん、本当に探されてるよ」
マックスの発言はカートが持っていたオイル缶を握りつぶすのに十分な理由だった。「うわ最悪、自分で掃除してくださいね」マックスの苦言を無視して、カートは誰がと唸った。マックスは轟々荒れるカートの内心を知ってか知らずか話を続けている。街頭のカメラもチェックされることになる。床の軋む音がして、振り向けばチハルが立っていた。
「マキナ」
マックスは大企業の名前を出しただけだった。それからチハルは寝言で「マキナ」と口にすることが多かったと思い出す。つまるところカートはまだ信頼されていなかった。もはやたった二人の家族なのにだ。カートは立ち上がるとチハルの目の前に立った。喜色を浮かべたチハルがカートを見上げて口を開こうとする。握りしめたこぶしがチハルの顔を殴り飛ばした。背後から「うわうわうわ」とマックスの半笑いが聞こえてくる。床に倒れ込んだチハルの体を掴み上げる。俺が誰のために軍に行ったか分かってんのかよ。カートは言葉を飲み込んでから、極力冷静に、次は開いた手でチハルの頬を打った。腫れた頬に涙が伝っている。殴った際に歪んだ鼻から血が流れ出ている。カートがもう一度腕を振り上げたところで、マックスの両手がチハルを取り上げる。
「ごめんねぇ、痛かったね。カート砂糖やりすぎてるみたい」
カートから隠すように抱き寄せて背中を撫でている。引き攣った呼吸を繰り返し震えるチハルが首を振る。マックスが「マキナってなに?」と問いかける。
「え、や、えと、」
「あー、もう! 殴ろうとしないで!」
マックスが大声を出すが、カートは動いていなかった。チハルがより体を丸めて「ともだち! ともだちです!」と声にする。カートの舌打ちが思ったよりも室内に響いた。
「そっか、お友達なんだね。どうしようね、連絡させてあげたいんだけど……」
マックスがチハルを慰める姿に目線を合わせなければならないと床に座る。チハルがどこから聞いていたのか、カートにはどうでもいいことだ。
「チハルちゃん」
声をかけるが振り向かない。
「チハルちゃん、こっち向けって」
振り向かない。思えば昔からぐずると言うことを聞かなかった。カートは諦めて続けることにした。こういうときは兄が折れるべきだからだ。
「連絡取れるようにしてやるから」
マックスの目が点滅する。カートの意図を探っているようだった。
「ここから離れた場所で、その子と会おう」
考えてもみれば、カートが焦る必要はどこにもない。
***
マックスが運転する車はテスモポロス・ハイウェイをポボス方面に走っていた。案内掲示板も少なく、星間は暗く落ち込んでいる。カートは後部座席に座って砂糖を吸い込みながら、助手席で俯いたチハルの様子を窺っている。長距離の移動は初めてだろう、疲れていないだろうか。
「喉乾いてない?」
「だ、大丈夫、です」
カートは深く砂糖を吸い込んだ。マックスに目をやれば自動運転モードに切り替わっている。脳を休止状態にしているのだろう。
「あと2時間くらいあるし、少し寝てもいいよ」
カートの提案にチハルは小さく頷いたように見えた。あの、とカートに語りかける。
「二人には、あたしをかくまって、ごはんとか食べさせてもらって、」
当然だろうとカートは呆れたが黙っていた。
「ほんとうに感謝してて、嘘じゃないです」
「そう」
吸引機が音を発した。吸引機を外して、次のカートリッジを差し込んでいると「砂糖、体に良くないからちょっと控えたほうがいいよ」とチハルが言った。そのせいで殴ったことになっているしな。ぼやけた刺激を吸い込みながら「そうだね」と声を出した。
ポボスに到着すると、マックスは車にいると言って座席を引き倒した。カートとチハルは岩山近くにある廃ホテルに向かう。入り口前に小さな影があった。煌々と青白く輝くディスプレイに精巧な表情が浮かんでいた。
「マキナ!」
チハルが声を上げてカートの傍から駆け出した。マキナと呼ばれたサイボーグが、駆け寄るチハルを抱きしめるがすぐさまに険しい表情を浮かべカートを見た。あと一歩の距離で変形した左腕がカートの顔へと向けられる。チハルが慌てた声でマキナを制していた。
「助けてくれたんだよ! ほら、チハル指名手配されてたでしょ」
「されてねぇよ!」
チハルの目がカートに向けられた。
「もういい? チハルちゃん、かえろっか」
「え、え、」
「クソジャンクが……」
チャージされたレーザー砲の光がブレることはない。カートは重心を傾けた。友達の選び方を教える必要があるな、とぼやく。足を踏み出す。レーザーはカートの頬を掠めた。マキナの右腕がテーザー銃に変形しているが焦る必要はない。腕を振りかぶろうとしたところで、首筋に衝撃が走った。カートの体が倒れ込む。マキナではなかった。脳と手足の接続装置が壊された。
「チィ、行こう、はやく!」
「まって、ねえ!」
「待ってどうするんだよ!」
マキナに腕を引かれてチハルが走り去っていく。二人の姿が遠のいていく。廃ホテルと岩山の合間に消えていく。カートは追いかけなければならなかった、だというのに体は動かない。やがて車のエンジン音が耳を掠め、離れていった。
「いや、ごめんね。俺もあそこ相手じゃなかったらそのままにしたんだけどさ」
マックスの声がする。倒れ込んだカートの体が仰向けに動かされた。長距離用のレーザー銃を手にしてカートを見下ろしている。マックスの言葉に対して、カートは反論を思いつけなかった。
「まあ、わかるわ」
「でしょ〜?」
簡素な顔がチハルの消えた先に向く。
「カートお義兄さん、俺さあ」
首筋から火花が散っている。マックスの影を越えて見える空には、惑星状星雲が広がっている。緑色の星雲の中心に白く光る惑星があった。
「妹さんとお付き合いしたいんですけど、いいかな?」
カートの体は微塵も動かない。ただ広がった星雲とマックスの影を見る以外にできなかった。
「チハルちゃんがいいならな」
「そこは任せてよ」
いろいろ手回ししないとねぇと大げさに声を起伏させたマックスは、車とってくると踵を返したようだった。静かになった空間でカートは目を閉じた。ヘリオスで見た赤い星雲が蘇る。その中にぼんやりとチハルの姿が浮かんでいた。