ひときわ大きな音が鳴り響いてから机が揺れた。パラケルススは興奮のあまり乱れる息を収めようともせずに、歓びで口を歪める。
「や、りました……」
乏しい表情しか浮べてこなかった美しい顔が、初めて、花が咲くようにほころびだし、うるんだ瞳にはもぞりと動く不可解な物体が映り込んでいた。半透明の、ゴムのようなそれは小さく震えながら鳴き声をあげて、あたりを見回すような動作をした。それから身を持ち上げるようにして、口のような部分を動かす。パラケルススは興奮で赤らめた顔のまま大きく声をあげた。
「キラーコンドームの完成です!」
鋭い歯の生えたコンドームを前に、両手を上げて歓ぶパラケルススは、おそらく二度とみることは出来ないであろう、断言できる。
そもそも何故そんなものをつくるに至ったのか、説明すればそれほど長くはない。
同室のアーラシュとのセックスに、我慢の限界がきたからだ。
ひどい事をされているのか? いいや。むしろ丁寧に扱われているといえよう。しかしパラケルススは一度としてそれを了承したことはない、最初の夜も出来うる限りの抵抗をしたが、到底かなうものではなかった。それから今日までずるずると続いていた関係がおしまいになる、パラケルススは夜の安息を手に入れるのだ。今夜、このキラーコンドームで!
「せんせい」
キラコンドームで……安息が手に入るはずだったのだ……。
ところで、アーラシュという男のセックスは何を考えているのかひどくゆっくりとしている。こちらの意思を無視するというのなら、親の仇でも殺すように激しくしてはやいところ己の意識を吹き飛ばしてほしいものだと常々パラケルススは考えているのだが、とにかくアーラシュはひどく緩慢なセックスをする。
まず始めは何もせず、ただパラケルススと裸で抱きしめ合うだけの時間を過ごす。ちなみにこの時点でパラケルススの精神は7割近く削り取られる。アーラシュの高い体温がじわじわと肌にしみていくのを、なす術も無く受け入れているだけで心が死んでいくのだ。単純に気持ちが悪いともいえる。更にその間はやたらと甘みを帯びたアーラシュの声も聞かねばならない、話の内容は日常や見せてやりたかったというものについてだがパラケルススは一切興味がなかった。規則正しい生活を送っていることから、アーラシュの生活パターンを把握してしまっているのにもげんなりする。ふと時計をみたときに、ああこの時間はあそこにいるのだろうなと思ってしまった日はだいたい実験も上手くいかないのだから、退屈な話はなんの得も持ってきはしない。それから満足した頃に、かさついた手が体を弄りだしてくる。このとき、パラケルススの脳裏をかすめるものは虫の姿で、肌の上をありとあらゆる虫が這い回っているような気分になるのだが、回数を重ねるうちにきっちりと感じるようにされてしまった。なんとも悲しい事実である。残すは挿入などであるが、お察しの範囲だ。
(地獄に落ちる我が身でよかった)
じっとりと汗の滲む体は指先までしびれている。涙でまとまらぬ視界で、興味深くゴムを眺めるアーラシュをみやった。
「なあ先生、こいつはどうすればいい」
「ああ……」
そういえばそうだった。避妊具の概念のない男だったと、パラケルススは肺の底から息を吐き出した。「貸してください」ゼリーでぬめったゴムをつまむとかすかな振動が伝わってきた。もう少し待てという含みをもって尾を優しくつまみながら、アーラシュのものへ被せる。ロール部分を広げるように下げつつ、これと顔を合わせるのも最後かと、とりわけしんみりすることもなくパラケルススは考えていた。ぴっちりとゴムをつけられた己の一物をしげしげと眺めてから、アーラシュはにこりと笑った。反射で小さく悲鳴を上げたパラケルススにキスを送り、ついさっきまで指で慣らし広げた場所を探った。「少しばかし変な感じだ」と言いながら、ぴたりと孔へ押し付ける。さあ今だ、とパラケルススは僅かに口を広げたゴムを見つめた。ぎらりと鋭い歯が持ち上げられて、アーラシュのものを食いちぎろうと勢いよく閉「っひ、ぃッ」じられたが、突き入れられるものの形は変わらずアーラシュにも何の変化もなかった。ただ普段と違い、勢いをつけて最奥を抉りつけた動きにパラケルススの背がのけぞっただけであった。一気に脈打ち始める心臓と、合わない焦点を無理に押さえつけてパラケルススは覆い被さる男の顔を窺った。
「せんせい」
そこにあったのは、常日頃から浮べられている決められた笑みだけだ。
「俺の体のこと忘れてないか」
頑健EXの前に、キラーコンドームは何の意味もなかった。かすり傷ひとつとしてつけられずに折れた歯が、無惨にシーツに散らばった。
その夜、激しくされたいんだよなあ、とスローセックスを捨てたアーラシュによる猛攻で、パラケルススはこれでもかと胃の中のものを吐き出すこととなる。