1部4章くらいのソロダビ捏造


床でのたうつ男の息は随分と不規則で、そしてすぐさまにでも消えてしまいそうな脆弱を象っていた。若草を思わせる髪は、血ですっかりと汚れきってしまい、それだけで男が本来持ち得る雰囲気を損なっている。だが、髪が血で汚れていなくとも、男は、本来の姿とはほど遠く、それは然したる欠損ではない。ねばついた水音が途切れない部屋の暗さは、男の体に両腕が揃っていないことをひた隠しにしている。両腕が、男の身から切り離されたのは随分と前のことではあるが。だからどれほど身をよじらせても、抵抗はひどく稚拙なものにしかならなかった。腹が膨らみ、しぼみ、また膨らむ。一連の動作の度に男は悲鳴を発して、つまりはひっきりなしだった。暗闇が蠢き膨らんだ腹を押さえつければ声は少し大きくなり、愉快だというようにひそめた笑い声が響いた。男に覆い被さる暗闇が、両腕を奪われたかたわの苦しむ様をこれでもかと味わっている。「実に気分がいい、こうして、いま、貴様の哀れな姿を眺めることができるのは、ああ本当に気分がいい」一層つよく押し込まれた杭に合わせて上がった声は、断続的な消え入りそうな様相へと変化をみせていた。長い時間をこうして過ごしていれば、喉も枯れるというものだ。そこに英霊だからなんだという理由はない。そう、英霊だ。男は英霊だった。本来ならば聖杯を巡り、弓兵として軍場を駈けて他の英霊と一戦を交えている筈だった。それが、どうして、腕を奪われてただ嬲られるだけのものになってしまっているのか、身に覚えがあるかと問うのなら、ある、が男からすればないにも等しい。それほどのことだったのか。思い当たる事柄に行き着いても、ただただ驚きだけが浮かぶばかりで、すべてを罪なのだと受け入れる気にはなれなかった。これほどのことなのか。なにもしなかった過去から、これほどのものを募らせたというのか。「ソロモン、」からがらと呼びかけた名に、男を害し続けるもの、ソロモンは少しばかし目を見開いた。「この名を呼んだのか」そこには純粋な響きがあった。「私の名を」そこには釣り合わない幼さがあった。「ソロモンと、そう呼んだのか」そこには汚泥にまみれた執念があった。「ダビデ、我が父よ」しかし心から歓喜を覗かせて、ソロモンはそっと微笑んだ。絡みついた腕が傷だらけの体を引き寄せて、潰さんとばかりに力が込められる。男は、ダビデは、陶酔とも例えられそうな深い溜め息に身を震わせ、静まった暴威が少しでも長く続けばと再びソロモンの名を口にする。腕に一層力がこもり、骨という骨が軋んだ音を上げた。慈しむように頬を擦り寄せられ、切れてはれ上がった唇に舌が這い回る。口内へ潜り込んだ舌は厚く長く、ダビデの口を埋め尽くしたままに蠢いている。舌に伝いしたたる唾液が音を立てて、それは先ほどまで繰り返されていた身を暴く行為が発するものと近く、苦しさに呻いても喉奥まで掻き回す舌が動きを止めることはない。痛みの発する熱とはまた違った熱に、空恐ろしさが去来して心臓に根を張り巡らした。僕は何を望まれているのだ、ソロモンの為す手を報復だと捉えていたダビデは混乱していた。何を望まれている。力を和らげた腕が慎重に背を撫で上げた時には、傷口に絶望を塗り籠まれているのではとないほどに寒気が走った。震えたダビデの体を宥めようとしているのか、否か、ソロモンの手は止まることなく背を撫で続け、それに叫びだしてしまいたい気持ちが沸き上がる。越えてはならない一線を、踏み出してしまっている。やがて純然な熱だけを有した金の目が瞬くと、なりを潜ませていた暴威が再開されたが、それは、暴威とは到底いえない、穏やかなものだった。気が狂う、ダビデの思考を占めるものはそれだ。これは父と子の真っ当な関係ではない。過去でいかに、人から窘められる親子関係を保っていたのだとしても、今のダビデとソロモンの関係はそれよりよっぽど劣悪なものだと言えた。これは血のつながったものが、行い、抱えてよい感情ではない。ソロモンの笑みは、ダビデを殺そうとする鉄槌と成り果てていた。「あなたが存在したという事実を消す」うたうように優しい声は、鼓膜を切り刻まんとする刃物だ。「すべてを作り直すために、過去のあなたを葬る」ダビデはいまほど両腕がないのを悔やむことはなかった。かなうのならば本当に鼓膜を切り刻み、いますぐにでもソロモンの声が聞こえないようにしてほしい。耳を塞ぎたい。荒くなる呼吸は抑えきれるものではなくなっていた。「人類史が終わりを告げた後に、あなたには私から新たな国を授けよう。あなたはようやっと私を見てくれたのだ、私を認めてくれたのだ、ならばこそ、その国で穏やかに過ごそうではないか、どこまでも安らかに、暖かく、慈しみ合い、親子として過ごそうではないか」あなたの腕もその時にはお返ししよう。伝えるソロモンの顔が、判断できなくなる、僕の子とはこのような姿で、在り方であったか。しかしダビデの手元に存在しなかった子を、どうして理解できようか。