fgo-23

三次創作なるもの

 波の音が絶え間なく追い寄せてきている。波止場に止められた多くの船を見上げながらウルフシャが寄り添う布を抱き寄せた。小さく声が落ちる。細い指がウルフシャの袖を摘んだ。その指をそっと撫でると、小さく歩みを踏み出す。積み荷を下ろす声が響いていた。波止場のすぐ横にできた市場へと、荷を運ぶ船乗りや、商人、多くの人々の合間を縫いあげる。「みろ、あれ。随分騒がしい姿の鳥だろう」指差した先では原色を纏う鳥が、道にあふれた声を拾い繰り返している。「言葉を話すんだ」ウルフシャの言葉の先に、また、う、と小さな言葉が溢れた。熱を含んだ呼吸が耳を掠める。ウルフシャは頼りない肩を抱き寄せると、戻ろうか、と言った。
 路地裏の網目で、一段と絡み合った場所に二人が泊まっている宿屋があった。襤褸の布がカーテン代わりに窓へ垂れ下げられて、湿り気を帯びた床が耳障りな音を出して軋む部屋に二人はいた。潰れたマットレスは随分とカビ臭い。ウルフシャはベッドへ横たわり荒い息を繰り返すパラケルススを眺める。連れ出した日の様子が奇跡に思えてくるほど、パラケルススはかつての姿をすっかりと見失っていた。雑味の強い血に侵されながら、茹だり続ける欲に身をひたらせて、会話すらまともにできない姿だ。好き勝手に壊してくれたものだ、ウルフシャは執着を象る男の姿を思い返した。それから、そろそろ戻してやらなければならないと考えた。いつまでも頭を壊したままでは困るのだ。貴重な友人を失う気はなかった。ウルフシャは普段よりかは熱をもったパラケルススの頬を撫でる。小さく体を震わせて、手のひらへ頬をすり寄せる姿は幼子にも見えた。日差しよけとして多く巻きつけた布をそっと取り払うと、青白い皮膚がさらけ出される、その首筋に残る歯型に合わせて、ウルフシャは開いた口を押し当てた。
「ぁっ、あ、あ、や、」
 吐息の孕む熱がよりいっそう温度を上げ、細い体は大げさなほどに震えた。細められた目からは大粒の涙がいくつもこぼれ落ちていく。細技が搦めとらんと、ウルフシャの背を伝う。パラケルススの血はやはり、どうにも、不味かった。首の輪郭に添い落ちる血がシーツを汚していく。あーらしゅ、と拙い舌が言葉を縺れさせた。ねだるように抱きついて体を合わせてくるパラケルススに応えながら、ぬかるんだ瞳を見返すも、叡智をたたえた光を見つけ出すことはできない。薄い体を撫で、そろりと足を指先でくすぐる。ウルフシャの服を脱がそうとする手を押さえつけて、ぴったりと体を合わせる。かつて、遠き日、一度だけ味わった体はこれほどに柔らかかったであろうか。
 子供のようにぐずるパラケルススにせがまれた、というのもあったが、途中から興が乗りすぎたのも確かだ。気絶した体は普段よりも重く感じる。わずかに膨らんだ腹を見ながら、年甲斐もなかったとウルフシャは独り言ちた。部屋のドアは控えめに叩かれる。襤褸の隙間から覗く世界はすっかり闇に溶け込んでいて、昼間の喧騒とは程遠い静寂さに支配されていた。ああ、とウルフシャは言った。呼び出した娼婦がきたのだろう。ベッドにお互いの体液にまみれたままのパラケルススをそのままに、彼は古く立て付けの悪いドアを開ける。
「誰にも見られなかったかい」
「はい、初めに言われた通りに……」
 娼婦の顔に緊張が走った。ウルフシャは強引に中へ招き入れると、すぐさまにドアを閉める。それから唖然としてパラケルススを眺める娼婦の首へ腕を回した。力を込めようとする間もなく、骨の折れる音がした。痙攣を起こす娼婦の体から、尿の臭いが立ち上る。腕を離し床に倒れこんだ娼婦を跨いで、ウルフシャはパラケルススの体を抱き上げた。呻くような声がすると、まつげがかすかに揺れる。ゆっくりと持ち上がった瞼から、花の色を模した瞳が姿をみせた。それはウルフシャを写すと、白痴のように歪んで微笑む。背を凭れかからせるように抱きしめると、小さな笑い声が胸のうちへ転がり込んできて、ウルフシャは形容しがたい感情に支配される。時におそろしく残酷なことを躊躇いなく行うものこそが己の友であり、それらに苦悩してしまう矛盾を持つ姿こそがパラケルススだった。それが今や抜け殻の純粋さだけを持っている、それはパラケルススから程遠いもので、ウルフシャの友人がその一つのみで在ることは、よくない事のように感じる。
「大丈夫だ、俺が治してやる」
 暗がりの中で銀のナイフは冷え冷えとした光を放った。今からなにをされるのか、考えることすらせずにパラケルススは首を傾げ、腹に触れた切っ先を眺めている。ウルフシャは首筋にある噛み跡へ舌を這わせ、くすぐったがるパラケルススの声を聞きながらナイフを腹へと沈みこませた。
「あ゛! ア゛ッああ!」
 鋭い声が部屋に広がった。安い宿屋だ、全ての部屋に響いてもおかしくはないだろうが、しかし、聞くものは誰一人としていない。じりじりと焼けた肉の臭いが鼻をかすめた。「ひっ、い゛ぁ゛、あ゛!」悲鳴を突っかからせながら喉がしなった。腹に深く潜り込んだナイフは、水気を含んだ音を立てながら、よりいっそう中を、傷つけるように暴こうと動いている。その度にパラケルススの体は大きく震え、手足は逃げようと踠いている。その全てを押さえつけながら、ウルフシャはただただ細い体の中に根を張り続ける執着を刈り取ろうと、その血全てを流させようと傷つけ続けた。
「はっ、はっ……あ、ああ……」
 埃の積もる床まで落ちた血は広がり続けて、部屋を満たしていくようだ。朦朧としたパラケルススの口へ指を入れこじ開けると、普段より鋭さを増した歯が姿を見せていた。落ち込んだ体温の冷たさを感じながら、ウルフシャはぐったりとしたパラケルススを娼婦の体の上へ乗せる。へし折られ、捻じ曲がった首を一度、切る。引かれた線が赤味を帯びて、血が滲み出すと、パラケルススは我を忘れたようにそこへ噛み付いた。深く傷つけられた体から血を流しながら、無心で娼婦の死体から血を吸い上げている。ウルフシャはそれを見とめると、整った頭蓋を愛でるようにパラケルススの頭を撫で、それからドアへと向かった。血はまだ必要だ。死体ではなく、生き餌が必要であった。
「ご迷惑をおかけしました」
 襤褸から朝日が差し込むと、あらゆる出来事がより審らかにさらけ出される。何ひとつ身に纏わず、ウルフシャに抱かれた時のまま、ただ全身に血を浴びたパラケルススは、少々眠そうに言葉を紡いだ。腹には切りつけられた痕だけが残っている。
「そうでもないさ」
 乾いた血で不恰好に固められた髪へ指を潜らせる。引っかかると、柳眉が顰められた。そのまま頬を撫で、血を何重にも塗り重ねた唇に口付ける。
「おはよう、パラケルスス」
「……はい、おはようございます」
 ウルフシャに続き部屋を出ると、そこもやはり部屋と対して変わらぬ有様だった。もう少し丁寧に食べなさい、とパラケルススはウルフシャの額を小突いた。それから過剰なほど布を巻かれ、外へと出る。パラケルススは薄手の布も十分だと言うが、どうにも、あの肌は日差しで焼かれてはいけない気がしたのだ。
 潮風の臭いが濃くなると、ウルフシャは手を掴んで大股で歩みを早める。
「海だ」
 かもめの鳴き声が頭上でこだまして、人々の声はノイズのように辺りを埋め尽くしていた。埠頭の先で立ち止まったパラケルススは、唖然としている。それから笑った。音もなく笑う。
「全部が血だったらどうする」
「これが? さぞや世界は静かなのでしょうね」
 誰も殺した結果とはいっていないが、と口をつきそうになるがそれを飲み込んでウルフシャはパラケルススを見た。きらめく海が瞳に貼られて、水面の光を反射させている。それからしばらくパラケルススは動かなかった。
 市場では物珍しさに露店全てを回る気ではないだろうかというほどの寄り道をして、日もくれる頃に、大きめの宿屋で宿泊の受付をした。通された部屋は広く、窓にかかったカーテンも襤褸ではない。隅々まで掃除がなされているのだろう、埃は積もっていないし、マットレスも柔らかく体を跳ね返した。ソファに座り込んだパラケルススは買ったばかりの果物を剥いている。それを眺めながらウルフシャは懐から包みを取り出した。
「それは?」
「俺も気になってな」パラケルススの隣へ座り、包みを開いて中の箱を開ける。「どれだけ良いもんかと」
 パラケルススは手を止めて、ウルフシャを見た。正気かという表情を無視して、ウルフシャは細い腕をとる。布をたくしあげて滑らかな皮膚を撫で、浮き上がった血管を指の腹で軽く潰す。呼吸を潜め、離れようとするパラケルススを抱き寄せた。それから胸元へ、子供のように頭を押し付けてみせた。ウルフシャとパラケルススの間にはさして年の差というものはない。だが強いて言うのならばパラケルススの方が、永く生きていた。そのせいなのか、パラケルススはウルフシャをやや子供のように扱う気があった。なので、そうだ。
「一度だけでいいからさ」パラケルススはこうすると、だいたいのことを受け入れる。
 あなただけにさせるわけにはいかない。だとか。シリンダーに吸い出される己の血と、パラケルススの血を見比べるも大した違いはない。メモリ最大限まで埋め尽くされると、そこで針を抜く。それからウルフシャは、白く細い腕を取った。
「なあ、別におまえはいいんだぜ」
「その話はもういいでしょう」
 切り落とす態度のままパラケルススもウルフシャの腕に浮かんだ血管へ針を押し当てる。ぐっと潜り込んだ。互いの血が体の中に注がれている感覚は奇妙なものだった。一本で二本分になる大きさのもののせいだろう、ポンプを押すも中の血はなかなか減らなかった。パラケルススの息に熱が混じり出す。手が震えているのを必死に押さえつけているようだった。やがて中身すべてを打ち終わると、張り詰めた糸が切れたように二人してベッドへ倒れこんだ。体の奥から不可解な熱が湧き上がっている。血管すべての存在をいやというほどに理解させられる感覚は、血を吸うときよりも顕著だ。ウルフシャは間近で息を交わすパラケルススを見つめながら体をすり寄せた。触れ合った場所から小さな電流が走ったように痺れだし、それがひどく心地よいのだと脳が訴えていた。つめたく、すべらかな、やわらかく、それでいて骨のような体に、一度手のひらを押し当てたらもうだめだった。ウルフシャは何をいう間もなくパラケルススの口へと噛み付いた。薄い舌が逃げようとするのを追いかけてすり合わせる。溢れた唾液が混ざり合う音を聞きながら、背を撫でて、下着を脱がし、秘所へ指を滑らせた。鼻から抜けるた声には甘みが含まれている。いやな方向に鋭くなった感覚は、パラケルススの行動すべてに甘やかな刺激を含ませて、ウルフシャの精神を掻きむしっていた。
「ひっ、あ、あう」
 指で擦り上げるも煩わしく、小さな苛立ちが湧き上がってくる。耐えられなかった。
「あ゛っ! っ〜〜〜!」
 みちみちと音を立ててパラケルススの秘所が広がる。全身に熱湯が振りかけられたかのようだ。熱く、痛い。腹の底からどうどうと際限なく湧き上がる渇きのままにウルフシャは胎内を殴りつけるよう動いた。突き上げるたびに肺から漏れた息が、声帯を震わせてパラケルススの嬌声を編み出している。「あ!♡ああ♡だっだめ、そこっ♡ひッ! ぃ゛−−〜〜ッ!♡♡」びゅくびゅくとパラケルススは吐精しているが、加減なくウルフシャはしこりを潰すように擦り上げて、内奥をおし拡げるように強く己のものをぶつける。溢れた唾液がパラケルススの胸元へ落ちた。
「だえ゛ッ!♡や゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!♡」
 目の奥が熱い。
「あっ♡ア゛ぐッ!♡♡」
 喉が乾く。
「ひア゛、ぁっああああ゛あ゛!!♡♡」
 ちかちかと太陽を直視したような眩しさが視界にあった。しかし同時に水底へ落ちたのならばきっとこうなのだろうと、ぬかるみ歪んでもいた。完璧な曲線が汗に濡れることでほころんだ輪郭を得ている。ウルフシャはそこへ噛み付いた。ぬぼぬぼとみっともなく音を立てるそれを止めず、パラケルススに噛みつき血を吸い上げる。混ざり合った血が喉へ滑り落ちてきた。思考すべてがぐずぐずに溶けていた。身体中の何もかもを持っていかれるような快楽を、狭い胎内へ注ぎながら、補うように血を吸い上げる。
「はひっ! ひっ!♡ぃぐッ、ゔあ、あっ!♡」
 精神が暴走しているとはこういうのだろう。何も考えることができない。ただ途方もない快楽があらゆる欲求を貪っていた、満たさた側からこぼれ落ちて空になっている。いくらなにをしても足りなかった。パラケルススの腰を掴む。ウルフシャのものに添い広がったそこは、溢れかき混ぜられたせいで泡立った精液にまみれていた。
「んぎィ!!♡お゛ッ、お゛ぐ!♡♡」
 ぼごりと腹が膨らんで、しぼみ、また膨らみ。その度にパラケルススの目は揺らいでいる。奥ばかりを突き上げたり、しこりを引っ掻き続けるようにしながら抜き差しをしたりを、繰り返す。その度にパラケルススは悲鳴のように声をあげた。ウルフシャの渇きはしかし癒えることなく、恒久的にそうと定められているかのように、ただ目の前の痩躯で悦楽をひたすらに得ようとしていた。このまま溶け合うべきなのだ。強い欲求が体を支配していた。
「ありゃ、もうやめとこう」
 ウルフシャの言葉に、パラケルススはひび割れた呻き声を返した。喋ったのだろうが、いかんせん喉が潰れているせいで何をいっているのかわからない。唇の動きを見ながら、ウルフシャは悪かったよと続けた。疲れ切ったパラケルススの顔にかかった髪を指ですくい上げてやる。微かに触れ合った皮膚は、いまだ名残のせいかぴりりと刺激を走らせる。
「よく耐えられたな」
 それが指すのは一つしかない。諦めたような笑みが浮かび上がる。ウルフシャはパラケルススを抱き寄せた。小さく震えた体は、自身と同じに甘やかな刺激を感じているのだろう。弱々しいそれが胸の奥へ落ちていく。
「けどもう大丈夫だ」
 パラケルススの体を満たすのは、パラケルスス自身の血と、混ざった己のわずかな血のみだ。余分なものは何もない。冷たい手があやすように頭を撫でてくる、そのリズムは穏やかで、降りてくるものは優しい眠りだった。
「もっと、もっと遠くへ行こう」
 パラケルススと見る地の果ては、きっと壮美に違いない。旅路は途方もないだろう。しかし二人の間に横たわる時間も、飽きるほどのものだ。焦ることはなにもない。
 ウルフシャは一面に血が飛び散った、荒れ果てた部屋を眺めている。