テレビの向こうで円盤が輝いて、牛や羊が空へと吸い上げられていった。ナレーションが挟まれた後に、目や臓器が切り取られた家畜の写真が写り込んだ。どうやら宇宙人の仕業であるらしい。壁に置かれたテレビを眺めながら、赤場帝一はのんびりと珈琲を口にした。黒々とした酸味が舌を縮こませるので、少しばかり眉が寄る。その前で、シーリングファンを見上げていた大鷹弾がのろのろと帝一へと視点を合わせる。彼の前に置かれていたオレンジジュースは氷が溶けきってしまっていて、上澄みが随分と厚い。
「俺ね、宇宙人なんだ」
突然もいいところであった。脈絡のない。だが帝一は、ぼんやりと弾の顔を眺めながら、大鷹弾だしなあと変な得心を抱いていた。僕の最大の好敵手は宇宙人だったのか、つまり僕は惑星間での戦いをしたというわけだ。帝一の一が太陽系一になるんじゃないだろうか。大鷹弾がどの銀河の、どの惑星からきたのかは知らないが。誰もいない店内では、弾の声はうるさいくらいに響くので、念を押すように言われた宇宙人という単語は、帝一の鼓膜を打ち破りそうだった。
「じゃあお前も、ああいうのやるのか」
「ああいう、あー……それは無理で」
「なんだ、無理なのか」
「や、無理じゃないけど、無理で……地球が保護惑星に指定されちまったから」
「保護惑星」
「そ。だから切り取るのも、さらうのも、全部なし」
おそらくそれは地球人の誰一人として知らないのだろうなと思った。各国首脳の知らぬところで、勝手に地球は保護するように取り決められてしまっただなんて。これではいつ、保護を取り止めましょうといって宇宙人が乗り込んでくるかもわからないと帝一は残っていた珈琲を飲みきって考えた。「でも俺、どうしても欲しくて」と弾は帝一の顔を見つめながらぼやいている。逃げるように窓から外を眺めようとするも、真っ白に発光してちっともよく見えなかった。今日はどうやら日差しが恐ろしく強いようだ。
「それにしても、宇宙人か」
特に浮き立つことなく帝一の声がひらぺったく机に落ちて言った。宇宙人といえば、やはり想像もつかない科学技術が真っ先に頭をよぎるなあと、この場にいないものが喜びそうだ。ん、と帝一は首をかしげた。
「なあ弾、僕にはそういった話が好きそうな知り合いがいた気がする」
「知り合いって?」
「さあ……」
空じゃん、と軽く上がった声と同時に、帝一のカップにオレンジジュースが流し込まれた。陶器に身を寄せていた雫と混ざって、鮮やかな色味がわずかに曇った気がする。帝一はオレンジジュースを口に含んだ。やはり少し変な味がするじゃないか。投げやりな気持ちのまま、また、知り合いについて考える。
「次元転移装置とか、そういうのもあるのか?」
考えながら、穴があくほどみつめる弾に言葉をふった。
「あるけど」
「電気エネルギーで?」
「バートン式電位差発生機のことかよ!」
こいつ宇宙人の割には地球の本を読んでるな、と帝一は思ったが、そもそも大鷹弾とは地球上での学力を争った仲だったので、読んでいてもおかしくはない。弾けるような笑いをもらした弾の横で、外套を着込んだ二人の男に腕を持たれ引きずられる宇宙人が映されている。なんとも滑稽な姿だ。それからUFOの話がつらつらと始まったので、帝一は弾がどんなUFOで地球まで来たのかを聞いた。だが、弾は腕を組んで、少し唸り、使ってないんだと言った。
「俺の素みたいなのは、乗ってたろうけど。俺自体は地球産まれなんだ」
「地球人じゃないか」
「違う違う」
この設定どこまで続くのだろうかと帝一は思った。お構いなしに弾は言葉を続けていくので、まあしばらくは聞いてやるかと変な味のオレンジジュースを再び口に含んだ。
「俺は地球人の母胎を使って産まれてるから。妊婦の中にお邪魔して、元いたやつをばりばり食ってさ、それで育ててもらったんだ」
大鷹弾には何か深い悩みでもあるのだろうか、とさえついに帝一は考える。それにしてもいやに真剣な顔なので、与太話で紛れるのならいくらでも聞いてやろうかなと耳を傾け続けた。話は生い立ちに宇宙人の視点を交えたもので、それなりに価値観の違いも出してきていたので、よく考えたものだなあと帝一は感心した。
「だから我慢できなくて、つい帝一を持って新しい星を作ったんだ。あっその時はUFO使ったぜ」
なるほど、僕は知らない間にアブダクションされていたのか。帝一はまた真っ白な日差しに覆われた窓の外へ意識を向けた。宇宙人による誘拐は、その間の記憶がないのが通例である。誘拐されているのが真実として、帝一に記憶がないのはおかしな話ではなかった。それに新しい星を作る、夢がある。国を作るよりもスケールが大きい。次にあいつに会ったときには、僕の星を作ると言ってみせようかと思ってから、また、帝一はその人物にはてと首をかしげる。
「なあ弾、やっぱり僕には知り合いがいたんじゃないだろうか」
「あー……」
弾の大きな手が、帝一の手に重ねられた。
「さみしいか、俺とふたりぼっちじゃ」
やたらと不安そうな声であるから、帝一はいっそ驚いた顔をして弾を見つめてしまった。
「弾、お前どうしたんだ」
「なあ、さみしい?」
帝一はわけが分からないままに今がさみしいのかを考えた。けれども、よくは分からなかった。なにせ目の前に大鷹弾がいて、向かい合って話している最中に、さみしいとどう思えというのであろうか。赤場帝一は孤独ではなかった。彼には支えてくれる人たちがいたもので。
「……」
支えてくれる人たちが。
「僕は、なにか忘れてないだろうか」
「やり直そう」
弾の声はどこまでも澄み渡って響く。
「ごめんな、ほんとに寂しくても、地球のいきものはとっくにいなくなってるから」
過去から連れてこようにも、リスクが高すぎる。帝一は、弾のとことんを追求する姿勢に感嘆しつつも、いまこの会話でそれを発揮する必要はないんじゃないかと思った。赤場帝一は穏やかな湯気をくゆらせるカップを手にしてのんびりと珈琲を口にした。黒々とした酸味が舌を縮こませるので、少しばかり眉が寄る。その前で、帝一を見つめていた大鷹弾がのろのろとシーリングファンへと視点を合わせる。彼の前に置かれていたオレンジジュースは詰め込まれた氷によってあたりを冷やし、水滴を机に滴らせていた。