elden ring-2

深い夜の中、人知れずディアロスは歩いていた。銀糸の豪奢な服を脱ぎ捨てて、暗がりへ紛れる見窄らしい身なりだった。隠れ道を進みながら始まりを思い出す、それはなんとも稚拙な誘いであった。だが、兄の背と影の中で打ちひしがれていたディアロスには、例え要領を得ない言葉でも甘く美しい言葉となっていた。彼らと共に過ごす時間、ディアロスを主とし行われる密かな計画。この場の主は兄ではない。ディアロス自身が求められている。不確かな足場だけが敷き詰められているにも関わらずディアロスは高揚していた。一歩を踏み出したのだ、これからの道こそが長くともディアロスにとっては尊い始まりだった。錆びた扉を前に、呼吸を調える。胸元を軽く叩くとディアロスは強く息を呑み、ゆっくりと息を吐いた。腕を上げ決められたノックを繰り返す。だが反応はなかった。ディアロスは今一度ノックを繰り返したがやはり返答はなく、ただ静まりかえった空気だけ変わらずあった。
「お、おい……誰もいないのか」声を張り上げる。
僅かな間を置いて「入れ」とディアロスに答えた声がある。それはひどく聞きなれた音だった。平坦で感情の見えない声。兄のものだ、違えようが無い、ユーノ・ホスローが扉の向こうにいる。直面した事実はディアロスの思考を簡単に止めてしまう。緊張で締まった喉の合間から苦しげな息が滲み、ディアロスの全身はいやに冷たく落ち込むも脂汗を浮かばせていた。
「ディアロス」
名を呼ばれ、動きは無意識であった。兄の命令に従わねばならないのだと、長年繰り返して染みついた習性がディアロスを動かした。金属の擦れる音の果て、目前にさらけ出されたのは夥しく血に塗れた小部屋であった。その中で古びた椅子に座るユーノは、束ねられた羊皮紙を眺めていた。むせ返る生臭さを嗅ぎディアロスは嘔吐き、拳を握りしめて目を反らすも壁にも散った数多の血痕はユーノが踏み入れた時の惨状を物語っていた。彼らは花弁と化したのだ。遅れて、ディアロスはユーノが読む羊皮紙が計画書であることに気がついた。それらは証として彼らとディアロスのサインがある。逃げ道はない。だがこれもまた定めなのであろう、ディアロスは震えながら膝を付くと頭を下げる。からがらと、兄上、と声にする。ディアロスの言葉を捉えたのだろう、ユーノはそっと体を向き直した。血に濡れた床の中でディアロスは平服する。
「此度のこと、言い訳は致しません、命に代えて償います。ただ、私の騎士ラニアは……彼女は何も知りません」
ラニアの許しをと続けるディアロスを遮り、ユーノはディアロスの名を投げ掛け立ち上がった。即座に口を閉じて続く死を待つ。一歩、ユーノが踏み出した。
ディアロスの目前で止まった足はそのまま膝を付き、眩く輝く衣装が夥しい血に濡れてゆく。兄の手がディアロスの生白く柔らかな手を取った。己の手を握る硬く引き攣った皮膚は、いかにも武器を振るうのに相応しく、ディアロスの目には涙が浮かび上がっていた。
「おまえに罪はない」
ディアロスは再び兄の影の中に身を埋める、兄こそがホスローだと。