禁忌の血に潜み奪い尽くした果て生まれたもの、稀人の始まり、ホスローが受け継ぐ静かな血潮。ユーノ・ホスローは風一つまともに遮らぬ小屋で、獣物を狩る蝙蝠の羽搏きを眺めていた。白く沈んだ山嶺の合間、雪の中で広がる黒い羽は切り取ったかのように目立っている。甲高い音は随分と離れた小屋にも届き、ユーノは兜越しに僅か反響した騒音へ目を閉じる。揺らめいた脳から溢れた記憶は古いものだ、ホスローの屋敷が見える。弟の柔らかな手のひらについた傷は、そのままユーノの網膜へ取り憑いた如く鮮明だった。やがて五歩の距離に気配が落ちた、目を開けばホスロー家の従者が傅いている。ユーノは言葉を促した、ディアロスの所在を。また小さく風が吹き荒れて小屋の中に雪が舞い込む。壺の世話をする手の形を想像するも、ディアロスの手は色鮮やかな鳥に啄ばまれて僅かな血が滲んでいたものだ、それは遠くの話だ、ユーノは拳を握りしめ圧し折れる骨と肉とを思い出していた。ともかく壺村でディアロスは平穏に暮らすと決めたのだと、従者の言葉を待たずしてユーノは次の命令を下した。姿を消えた従者が残すものは、くぼみ溶けた雪の跡のみであった。間に合うだろうか、今このときにもディアロスは害されているのではないか、ユーノは甲高い音波にまた耳を澄ませる。秘された場所は何れ暴かれることだ、ディアロスの血も集られることだろう。獣物が狩られていく悲鳴が耳を掠める。ユーノは目を開くと緩慢に立ち上がった、蝙蝠の姿は消え、遠く巨人の足音が風の合間に紛れていた。降り積もった雪を掬うと冷え込んだ装具にあってすぐさま溶けていく、それはユーノが抱く劫火の有り様に近しい。無垢の手ならば結晶も溶けず残るだろうか、ディアロスの白い手が己の鎧から雪を払い落とす動きを思い描く。寒さに赤く色づいた手を握ってやったことがあっただろうか。おそらくは。かつて、ユーノはディロスに対して従順であったのだ、暖めたこともあるだろう。脆い血が途切れぬように。いま場違いに振り撒かれる血のようにディアロスがあってはいけなかった。細やかな金属音が擦れ、断続的な数多の音は一つの高く耳障りなざらつきをもって弾けている。幾人目かのおぞましく潰れた花々だ。捲き戻った鞭を手に収めると、横たわる死体を担ぎ上げる。死体は弔わねばならなかった。雪原の遙か頭上では正しい順列の星が輝き、ユーノは時の経過に気がついた。従者は戻っていない。引きずった死体が綻んでいくと、胸元から落ちたルーンが星を越えて輝きを放っていた。ユーノは雪ごとルーンを手にすると、甘やかな温みに目を細める。ディアロスの血が垣間見え、それはホスローが受け継いだ稀人の系譜だ。華美な尾を掴むと兜を脱ぎ捨てる。稀人の光がより鮮烈な輝きの中にあった。ルーンを強く握りしめる、確かにディアロスから見出された貴い神秘、ホスローの血に潜る秘密を。神人は大いなる意思より影従を賜るのだという。ユーノは深く息を吐く。砕けた血潮を吸い込み、それはディアロスがもはや何者にも傷付けられぬ事を指したのだ。