けたたましい音が響いたのであろう。その時果たして太陽と月どちらが登り空の明るさはどうであったか渦巻き歪むネオンサインの群れから探り当てるのは困難だ。ともかくいつであれ電話が鳴った。ルート34沿いのモーテルでドラッグ塗れになり脳をスポンジにしてセックスに明け暮れている最中にだ。いやハーフタイムか。ナティジャスと名乗った女が床に両足を広げて座りおれの足の指を舐めしゃぶりながらオナニーをしていた。ケンタッキーと名乗った女がライターで次の薬を炙っていた。その時だろう。電子音がきっと鳴った。ケンタッキーが手を離したら死ぬと怒鳴りナティジャスが不満そうに足の指から口を離したということにする。おれは積み重ねた枕に持たれ仰け反り大いなるオールパーパスからの啓示——塩素酸カリウムとアラビアゴム溶液で作るコンドーム——を受け取るに必死であった。であるのに耳元にスマートフォンが押し付けられオールパーパス教大司祭は交信の中断を「クラッカーにいさん」オールパーパスがなんだって? ビスケットでも作るのか?

shapeshifter

 アクセルを踏み切って上がり続けるメーターから目を逸らす。手ぶれ補正も何もない景色が窓の外にあった。妹からの呼びかけ。今思えばこそであってその時のおれが妹と交わした会話を記憶するものは一切ない。全員ぶっ飛んでいた。つまるところ回想も経験と想像によるものだ。キマっていると大いなるオールパーパスと叫び両手を広げて拍手を繰り返すというのはきょうだい達の証言だ。おれのトび方は保証されている。着信履歴にある番号は兄のものであったが先ほど妹と考えたのは兄と同居する妹からの着信であったならまだ気がまぎれるからだ。日付は四日前となっている。呼び出しをドラッグでトんでて無視してしまった。悪気はなかった。今だってひどい体調不良の中走ってきた。哀れな弁明に兄がどうするかは予言者さながら理解できた。押し黙っておれの顎を殴り飛ばす。あの巨体に殴られるのか。冗談じゃない。妹からの気紛れな電話であってくれ。時折降ってくる可愛らしいおねがいごとだ。兄さん、ハクリキストリートに新しく出来たドーナツ屋がね、とっても美味しいんだって。ねえ兄さん、トレンドカラーはロイヤルブルーらしいの。構わんとも、そう言ってから兄に連絡をしておねがいごとを叶える許可をなんとかもらいプレゼントを用意したらさよならで良い。ちくしょう。兄の住むマンションが見えてきた。
「クラッカーにいさん」
キングサイズのベッドで身動ぎもせず横たわる兄に寄り添い眠っていた。揺り動かして目覚めさせた第一声はおれの姿を確かめるものだった。妹は身を起こして兄を見る。見事な切り口だった。太い首が半分ほど切られてつまるところベッドは黒く変色した血と糞尿で存分に汚されていた。四日前だ。妹は再びにおれを見上げると自分がどのように振る舞うべきかを察して顔を歪めた。射精後の丸めたティッシュはこうだった。それから幼児の真似事みたく泣き始める。悪臭の中で妹が両手を広げて抱きついて溢れ続ける涙がシャツを濡らしていった。なのでおれはブリュレ、と呼びかける。空調が功を成したな。兄は部屋の温度を18度から上げたことはなかった。肌寒いと妹が擦り寄ってくるからだ。とはいえされど18度というものだ。成された功があるでもない。馬鹿げた気休めだった。浮き上がった背骨の窪みを指で確かめる。兄の体温は今や妹をまともに温めらずにいる。血と体液がこびり付いた体を抱き上げ「電話したか?」問いかける。首筋に伝った涙が鼻水だかが皮膚を滑った。妹が頷く。「悪かったな遅れて」妹がかぶりを振る。オールパーパスが、と鼻詰まった声が続いた。オールパーパスが最たる幸福を与えようとしていたんでしょう。まこと証言通りである。悪かったと改めて口にしてバスルームへと足を運ぶ。この四日を妹は何を考えて過ごしていたのだろうか。死臭の染み付いた服を脱がす。イブニングドレスと言っていたか。兄が妹にドレス以外を着せたことはあったろうか。バスタブの縁に腰掛けさせシャワーを浴びせる。長い髪からも兄の死臭がした。丁寧に洗ってやらねばならない。
「お兄ちゃん」途方に暮れた響きがする「あたしどうしたらいいの」
「お前がやったのか」妹は否定する。
「おれしかいなかったのか」妹の体が強張った。
 髪と体とが泡に塗れて薄い皮膚の滑りを良くしている。25度では水温が高すぎたのだろうか。水を被せて妹を洗い流していく。死体は室温と同等である。ブリュレは頷いた。シャワーを止め水を含んだ長い髪を軽く絞る。それにしても四日もあれば死臭は広い部屋を余すことなく満たせるようだ。バスタオルでブリュレの体を拭い包める。この四日なにもまともに食べてはいないのだろう。立ち上がらせればふらついたブリュレを支えその顔を見上げる。
「オールパーパスフラワーの最たる幸福を分け与えてやろう」
 やっと回ってきたおれの番だが焦りは禁物だ。それに既に腐り始めた肉である。まずは妹と二人でビスケットを作り食べるべきだ。あの死体をどう処理するかはそのあと考えればいいさ。そうだろう、ブリュレ。