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「え?! やっとチハルに気付いたぁ〜!」
 クルスマキナの目の前でふよふよと浮いて、忙しなく手を動かしている銀河ゴースト(このようなSFでもゴーストの概念は確かにあるのだ)、その姿はマキナの親友とよく似て、言動もそれそのものであり、そしてマキナは親友を間違えるはずもないために行方不明となっていた親友ことクジョウチハルはとっくに死んでいたのだと理解せざるを得なかった。認知が世界を作るわけであり、マキナによって捉えられたチハルは不可思議な質量を得たのか、浮いていた体をマキナの体に押し付ける。重たくも軽くもなく、だがマキナは確かにチハルから抱擁されているのだと触感のフィードバックを受ける。
「っつーか!」
 マキナは噴き出した。
「は? なんでチィんな姿になってんの?! あーし知らんやつに助け求められてもシカトしろつったべ?! どうせまたちょっとそこまで荷物持ってとかなんかいわれて着いてったんでしょ! ふざけんなよ! 死んでんじゃん! 誰にやられたの、ぜってーそいつ殺すから早く言って、ほら!」
「ねぇぇ〜一気に言わないで〜」
 沸き立つマキナの言動にチハルが身を離そうと動き、咎めるように手を伸ばしたがマキナの手は空を切った。二度目の衝撃に動きを止める。静かになったマキナを伺うようにチハルは身を屈めて、ディスプレイに浮かんだ表情を見ると申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん……」
 チハルの小さな声にマキナは首を振って答えた。
「ごめんね、マキナ」
「るせー……」
 仮に肉体があったのだとしたら、みっともなく泣いていたことだろう。マキナの表情はそれほどまでに苦々しく沈痛に表現されていた。沈黙が二人の間を支配する。ぎこちなくチハルがマキナを抱きしめた。半透明の体越しに散らかったマキナの部屋が見えた。抱きしめ返してやりたくても、やはりマキナの指はチハルの体を捉えられないままだ。それで、とマキナは静かに言った。
「誰にやられたの」
 マキナの言葉にチハルは困ったといわんばかりの顔をする。
「ごめんマキナ……覚えてない……」
 はあ、とマキナから溜め息染みた声が漏れるが、わざわざチハルに殺されたときのことを思い出せというのも酷な話だったし、もしかしたら忘れたいほど凄惨な目に遭ったのかもしれない。
「そーだよな、そりゃそーだ」
「でもでも、ウチ、マキナとバイバイして寝るとこまで覚えてんだよ」
 誘拐されてんじゃねーか。マキナはデータベースに保存されているチハルの元彼リストを検索しようと考えた。最悪、それだけでは足りない、過去チハルと交流があって厄介な変貌を遂げたカス共リストも参照する必要がある。それなりに時間を要するだろうがマキナにとって苦ではない、親友を殺された報いを何倍にもして返してやるのだ。チハルは見たがるだろうか、チハルは喜ぶかな、喜ばないかも。コイツ最後には庇うに決まってる。秘密裏にマキナの気がすむまで拷問して殺そうと決意する側で、チハルは体ごと傾けながら「マキナぁ〜」と声を上げる。
「でもさあ、ちょっと嬉しくって」
「はあ? マジバカなこと言わんでくれる?」
「えぇ〜だって、だってだよ」
 チハルはマキナの首に腕を搦める。
「ユーレイになったからさぁ、もっとマキナと一緒にいれるじゃん? めっちゃ嬉しくない?」
 確かに、とマキナは頷いた。いやだからといって、まあだがチハルのいうことは本当にその通りであった。マキナが思うよりもずっと、チハルは自分が先に寿命を迎える未来を見ていたらしい。
「ユーレイに関する論文、ひっくり返さなきゃね」
 銀河ゴーストはいまだ未知の存在である。いつふわっと消えるか分かったものではない。
「マキナもユーレイになるの? え〜! 二人ともユーレイになったら、どこでも行き放題じゃん!」
 チハルが両手を挙げて喜ぶ姿に、マキナは呆れたように笑って返した。
「んじゃ飽きたら一緒にブラックホールに飛び込むベ」

 ***

 LAN直結でしっちゃかめっちゃかな記憶の撹拌を行うということは、性行為にも近しいわけである。マックスはストレス解消がてらにカートと度々繋いでいたわけであるが、その記憶の中でロックのかけられた領域の存在に気がついた。いつからあったのか不明だが、中身が何であるかおおよそ検討はついていた。クジョウチハルを嬲っている映像に違いない。と、いうのもマックスはカートにじゃんけんで負けたのである。顔をぶん殴ってきて、ヒビの入った液晶に焦ったマックスの片手を握り「俺の勝ち」とかほざいたことを忘れてはいない。負けは負けである。あれは避けられなかったマックスも悪い。そんなわけで腕の整備を行っているカートのうなじにぺこりとハッキングツールを取り付けたのである。
「おっまえ!」
「うわセキュリティざっこ」
 カートの眼球が上を向き、電源が切れたように倒れ込んだ。マックスはデータを好き勝手に漁りながら、お目当ての映像を見つけると両手をすり合わせる。マックスが手伝ったのは、眠るチハルに砂糖を溶かした液を注射しまくるところまでだ。ぐったりとして、発汗した姿を見送ったあとのことは分からない。カートが何をやっていたのか、チハルがどれほど無様な姿になっているのか、マックスは意気揚々とデータの再生を行った。最悪殺していることだろうが、その時はその時。カートと違い、マックスはチハルがどんな姿だろうと愛してやれるのだ。ゴミ拾いをしてやろうというわけである。