火の海をかき分け走る。走る、走る、走る。空気すら燃え上がった、終末の中を、ただひたすらに走る。鋭く風を切る音が耳をかすめ、矢が足元に突き立てられた。「——ッ!」背後に目を向ける余裕はない、魔術ならと術式を編み上げてもすぐさま撃ち抜かれる。だからいま、後ろにあの男がいるのか、いないのか、分からぬままに走るしかない。なぜ、と、どうして、の問答は幾度と繰り返したが正しい答えは分からない。ただいきなり手を引かれ、レイシフトし辿り着いたこの冬木で、背を押されると同時に弓を構えられ逃げた、それだけが事実だ。殺意もなにもなく、時折に矢が放たれる。これは、狩りなのだろうか。あの男の腕ならば、今この瞬間にも走る足を射貫けるだろうに、それをせずただ走らせているこれは、やはり、狩りでは。だとしたら。
「あ、」
崖だ。深く沈み込んだ底は見えず、暗闇だけが口を開け世界を分断している。やはり、やはりそうだ。誘導された。しかし後ろへ目を向けることが出来ない。ただ燃え上がる火が伸びぬ暗闇を見詰めてから、一歩、下がる。世界の焼べられる音が耳につく。走り通しで気付かなかったが、服は汗で濡れきっていた。熱い。火を吸い込んでいるかのように痛む喉を慣らして、また一歩下がる。途切れた地面から、引きずられるように自身の影が姿を見せた。四方からの火で、揺れるように姿を変える影は動こうとしない。火の爆ぜる音がすると、足から伸びる影にかぶさるように、別の影が姿を現した。薄く、大きな影だ。それはゆっくりと腕を上げ、手にもたれている弓を構えた。矢はまだ放たれない。すでに心臓へは向けられているだろう、だがまだ手は離されず、風を切る音も聞こえない。焼べられ続けた熱に、意識が茹で上げられ霧散していく。額から汗がすべり落ちた。静かに、目を閉じると、
放った矢が薄い体を貫くと、布がはためいて地へと縫い止められた。白い服に血が滲み始める。己の影の中で、射貫かれ息絶えた男は横たわり続けている。踏み出して、崩れかけた建造物から飛び降りる。男の心臓を貫いた矢を抜き取ると、流れる血が勢いを増して辺りへ広がっていった。しゃがみこみ、汗でしめった髪をかきあげてやれば、眠っているときと同じ顔があった。ケンタウロスたちの武器で無惨にも切り裂かれ潰された顔はどこにもなかった。間違いなくこうしてやるべきだ。殻と成り果てた体を抱き上げる。
「帰ろうか、なあ」
とはいっても既にこの男は戻っている。だがそれにしても、いつかに飽きる程みた戦争のような景色に、男の死骸とふたりでいるのは、不思議と気分がいいものだった。