shamigashu

@shamigashu
日々の呻き
No.8
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リリカル#仙魚 に文字付け足しちゃうか

人魚の肉を口にしたことがあるか、と問われれば夢でならば幾度と答えるであろう。幼い頃より馴染み深い夢には恵体の人魚を貪る男が浮かび、都度に懐かしい空腹を思い出している。
「人魚っても結局は魚なんで」
波止場に腰掛けて仙道は揺れる釣り糸を見つめていた。海から吹き込む異様な風の冷たさは仙道に宛てられた怨嗟であった。傍らに座る魚住が心地良さげに目を細めたのが何よりだ。薄雲が伸びた空から降る日差しはそれなりに柔らかく、程よい眠気も誘うのだろう。それで。人魚だ。人魚の話になっていた、仙道が戯れた話題を飛び越えて、そういえば神奈川にもあるらしいぞと魚住が続けたのだ。クラスにそういうのが好きなやつがいてな、ヤオビクニの墓があるらしい、人魚を食べて長生きしたんだと。箱根だったか? 駅伝やってるとこですか。それで仙道は夢を思い出し、魚だと口にしたのだ。
「案外食べれちゃうものなんですかね、魚住さんの顔してたら食べれるかなぁ」
「オレの顔? それは……見逃してやってくれ」
仙道は揺らぐ釣り糸を巻き上げた。リールの音が海に飲み込まれていく。人魚を食えば不老長寿だとは世迷いごとでしかない、あの男は変わりなく老いていき波に拐われて死んだのだ。数多の魚が肉を食い散らかしていく光景を覚えている。どれほど身を荒らされても、我がうちより手にした魚が出てくることはなかったことを。
「釣れなかったな」
魚住が海風の中で笑い、それは仙道にとって豊かで安らぐ姿だった。
「釣り終わってますからね」
「またわけのわからんことを」
オレの魚だ。あの日からずっとそうだ。背中に縋り付こうと吹き上がる風を横目に仙道は魚住の手に触れた。それは水温として柔らかで、仙道が持つ熱を吸い取り僅かに引き攣れる。惨めな潮風が山中に潜り込み微かに薫るも、それらは芽吹きの空気によってすぐさま押しつぶされる。海は遠い。暴れることもなく仙道の熱に身じろぐだけとなった魚も理解しているのだろう。深くにあるこの場所から出て生きてはいけないのだと。
「——、」
水辺から引き上げさせれば魚の喉が動き、開いた口からのたうつ舌が覗く。人魚とは、伝えにあれば水面から離れられずとも岩礁に上がり悠々唄うのだと。「おまえは唄わないね」鱗の剥がれた尾がひるがえり水飛沫は仙道と魚へ当たる。下半身に生える四つ脚が踠いて、果たして脚のある人魚がいるものかと裂けた薄紅の尾を追いかける。やがて腕に感じる重みは弱々しく、仙道はそうしてようやく魚を水中へ戻し大きく震えた恵体を見つめる。土が舞い濁った水の中でもようよう白く、赤く輝くものだ。池の中へ進み体を沈めると仙道は再び魚を抱き留めた。泳ぐには不自由な狭さで、深さもない池の中に何を留める必要があるか。しかし仙道は存分に力を込める、魚の体に己の腕に従った引き攣れが浮かぶことは愛おしく、これはまさしく抱擁であった。抱き上げた腰を寄せ穿てば、魚住は短く声を上げる。見開いた目になみなみと溜まる涙はあの水面に似ている。魚住の目には揺らめいた己が映っていることだろう。
「魚住さん、息しなきゃ」
はくはくと唇を震わせ魚住は体をくねらせた。後ろ手に縛り上げた体の跳ね上がりは魚に似るも、ここにあるのは長く揺蕩う尾でもなく、太く整った2本の足だ。仙道は開いた口の中踊る舌を眺める。僅かにも満たない呼吸は魚住の喉が鳴らぬことを示し、ようやっと吐き出された息が、不器用に吸い込む息が、それらの微かな音だけが仙道の耳に潜り込んだ。脳裏にしのびくすぐるもの、疼くこめかみは仙道をより荒々しくさせていく。とうに混ざりきった体温が突然乖離していくようにさめたものが横たわる。「魚住さん」問いかけに答えることもできず揺さぶられる魚住の体が一際大きくしなると、仙道の体を強くはさむように足がこわばり「魚住さん」弛緩しかけた体を強引に目覚めさせる。
「ね、もう誰にもついてっちゃダメですよ」
胸元から喉へと舌をすべらせ、引き攣り動く喉仏への噛みついた。今生もなんと食いがいのあることか。△△△