shamigashu

@shamigashu
日々の呻き
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整理してたんですが、このエルデンパロの#門梶 続きはどこに?
もしもし?

 夜は深くも聳える黄金樹の輝きは夜天の闇を退けて星々の灯りを虚にしている。薪の熱を受けながら、梶は横へ座った男を見遣る。長く落ちた髪の合間から覗いた目にこそ夜天の暗さがある。
「竜は狩らないんですか」
 それは男の生業だった。竜餐の祈祷を掲げていた男は、地を駆けては遍くを蹂躙する強大な竜を殺す。——天よ、我が祈祷を見よ。臓腑の地に、この竜餐を。そうして抉り出してなお脈打つ心臓を喰らうのだ。
「……お望みでありましたら」
 竜餐の後、幾度となく男と火を囲んだ。対面で木に凭れ立っていた男の姿を思い出す。眠らない男だった。
「この身は巫女様のお導きのままに」
 体に触れる腕は熱く、男の隠された左目からは呼応して狂い火が溢れようとしていた。身を任せながらも梶は永らくを共にした楽器を手にした。
「一曲弾きましょう」
「私は貴方様のお声をいただきたく」
 導きの穢れとは、導きの壊れとはこうもなるものなのか。梶には男を何処へも至らせることができない流浪の民だ。だが男の熱狂は止まることはなく、いよいよ揺らめき立つ狂い火はお互いを焼くよう燃え落ちていた。△△△
#マクチハ おわらないよ〜なので進捗はらせてくれ

 新しく建てられたショッピングモールでは老若男女、人間から強化人間にサイボーグと種の坩堝が蠢き賑わう。マキナは中央に置かれたモニュメント近くのベンチに腰掛けてピンクの触角を追いかけてはタール染みた感情のままに溜め息を繰り返していた。数年が経つというのに、数年しか経っていない、どちらもマキナの本心であり折り合いがつかない憎悪と懇願だ。喧騒の中から強化人間の子供が近寄ってくる。ディスプレイに映るマキナの眉が顰められ、足下に蹲った子供を目で追うと靴の側にはクラシックな形のミニカーがひっくり返っている。子供の指がミニカーを摘み慌てた様子でマキナから離れていく。さんざめく影から掛け声が飛び出した。子供を呼んでいるのだろう。走り去る背中の頼りなさに、手繋いどけよ、とマキナは毒づいた。手を繋いでおけばよかった。ずっと。一瞬でも離すべきではなかった。マキナは体を丸めるように頭を抱えた。そんなことをしても何も解決はしない。彼女はいま楽しげな声の中でただひとりであった。

 ***

 造りかけのまま放置された建造物の数々は今や立派な不法入星者のたまり場となって、惑星連合も目をつぶっている状態であった。独立戦争をきっかけに噴出した数々の争いの中、まともに生活が出来なくなった者たちの漂着場所としても名高く、つまるところはゴミ捨て場一つくらいは置いておこうということなのだろう。頽れた吹き溜まりのひとつ、ある部屋の中では姿見の前に素体そのもので立つサイボーグがいた。衣服とウィッグが床に散らばって、なにもつけられていない機械造り体、その後頭部には宇宙軍が契約している情報処理用量産型機体の型番が刻印されている。顔部分に取り付けられたディスプレイは忙しなくテキストが表示されては消えていく。
「宇宙軍情報部統一演算課MX515型1940番、」
 煤と埃、砂にまみれた部屋に取ってつけられたドア代わりの鉄板が叩かれる。鈍い音が数度繰り返されてから、鉄板が動かされた。
「またやってんのかよ」
 赤いジャケットを着込んだサイボーグは、飛び込んだ光景に慣れた呆れと共に声をかける。
「おい、マックス。仕事だぞ」
 自身の経歴を諳んじていたサイボーグの音声デバイスから、切り替え音が二度鳴った。ディスプレイが点滅して、視覚用部品のライトが灯る。
「うそぉ、連絡受けてないよ」
 戯けた仕草で訪問者に向き直ってから、マックスは「準備するからちょっと待って」と床に散らばっていた服を手に取ると、着いた汚れを落とすように振りかぶる。着々と服を着込み、ウィッグを被りながら改めて姿見に向かうと己の名を繰り返す。
「オーケー、オーケー。お待たせしました、カートくん」
「いいけど。通信切んのはやめろって」
 社長ちょっとキレてたぞ、とカートは付け足した。錆びた階段は踏み出すたびに大げさな音を立てて、今にも崩れますといわんばかりに軋んでいる。マックスはカートの肩に腕を回して凭れかかると冗談めかした謝罪を発する。大型機体に寄りかかられても、陸軍特注の近接戦闘用機体は微動だにせずに受け止めた。
「ほんとだぁ、ヤバぁ。俺今度こそスクラップにされちゃうかも」
「なんねーよ。俺らまだ使える道具なんだから」
 カートの自虐めいた言い草にマックスは肩を揺らして笑い声を選んだ。
「砂糖中毒のノータイム暴力サイボーグなのに? 自己評価高いねぇ!」
「うぜぇー……自意識混線ハリボテのゴミがよ……」
 砂利道に停められていたトラックに乗り込みながら、マックスはいよいよ大音量で笑った。釣られて笑い声を発したカートは握りかけたハンドルを手放すと「席変わって」と運転席と助手席を交互に指さす。
「中毒だから。吸うんで」
 受信した位置情報を確認しながら「時間までに抜ける量にしてよね」とマックスは肩を竦めた。

 砂糖を吸い込みながら助手席でだらけるカートが「いつまであそこ取っとくんだよ」とぼやいた。脳と視神経の接続が上手くいかないのだろう、眼球からは照準を合わせようとする動作音が忙しなく鳴っている。「あと12時間しかないんですけど?」質問に答えず嫌味を返せば、舌打ちが車内に響いた後シートが倒される音が鳴った。走行音とついに落ちきったカートの唸り声だけが小さく聞こえる。マックスは自動走行に切り替えると勝手に動くハンドルに手を置いたまま、吹き溜まりに用意した部屋を思い返す。いつまで使うのかなんてこと分かりはしないのだから答えようもない、マックスと噛み合う何かが別に存在するのなら放置するだけだ。そんなものが生れるのかが問題である。カートよろしく砂糖で誤魔化せればよいが、マックスが求めるものは自分だけが知るものだ。
「お、おまえ1940番だろ」
 狭苦しく古びたアパートの一室、未だ砂糖酔い状態のカートに殴られディスプレイが半壊し、腕を引きちぎられたサイボーグがマックスに気がついたとき縋るように声を出す。自重を低く保って軽く上半身を揺するカートが「るせぇなあ」と苛立たし気に殴りつける。声が響くのだろう。言わんこっちゃない、マックスは産業スパイと露見し処分依頼の出されたサイボーグを眺める。取得情報が何処に保存され、どう動いたかの調査は終わっている。なんで後生大事に持っとくかね、腕に自信がないならとっとと動かしとくべきだろ等々と考えている最中にかけられた言葉だった。
「おれだよ、1952だ! ヘリオスの時に同時接続していた——」
「黙れって!」
 カートの拳が基盤の露出した頭部に振り下ろされる。ひしゃげる音と悲鳴が重なった。限界を示す警告音がサイボーグから鳴り響いて、カートが頭を振って配線を引きちぎっていく。処分方法に指定がなくてよかったなぁ、とマックスは過敏になりすぎているカートの様子を窺った。配線が千切られる音、金属の擦れ合う音、火花の散る音、冷却液が噴き出す音、すべてにカートは苛立っている。だいぶ混ぜ物があったのだろう、マックスはサイボーグの胸部が破壊される音に合わせて近くの椅子に腰掛けた。証拠写真が撮れるようになるまで時間がかかりそうだ。めんどー、とぼやきながらマックスは己と同機体のサイボーグが破壊され尽くすのを待つため、スリープモードに切り替えた。自動起動は30分後で良いだろう。△△△
#brfr
フォルダの整理していたら2019年くらいの放置した文字でてきたので供養上げ
内容結局まとめれなかったんだよなあ…

 うねる髪は鈍く乾いた血で汚れている。驚愕と悲嘆と怒り、多様な表情を浮かべたまま青白い顔を晒すものに体はない。首だ、首だけとなったものたちが並んでいる。そして己もすぐさま同様の首になる。取り出した剣をためらいなく自身の首へと突き立てようとするのを、偉大なる声が制止する。視界に光が満ちてゆく、耳を通り過ぎ鼓膜を震わせるだけで多幸感に包まれる声の主は、ナルザの行いを手放しで褒めている。ああ! 神が、神がお喜びに! 神の精鋭として迎え入れられることは、これまでの人生で味わったことのない幸福の味をしている。喜悦にまみれたナルザの目が、並べられた首へ再び向けられる。しかし、本当にこの首でよかったのか。この腕、手、剣とが肉と骨を断ち落とすべき首は、これらではなかったのではないだろうか。ナルザが断つべき(庭園の片隅で腰掛け俯くものの風に揺れる若葉色の髪、翳る中で伏せられた目を縁取る睫毛、晒された項のなだらかな曲線、あの細い)首の持ち主は――。


 乾いた空気が色味を帯びたかのような、しかし薄暗く青みがかった視界は今日の寒さを一層に際立てていた。あと少しでも夥しい雲に覆われた空に亀裂が入れば雪がどっと溢れ出して辺りを白く塗り籠めてしまいそうな、張り詰めた寒さだ。そういった決して気分が晴れるわけでもない曇天の下で、細く短い列に並び順番を待っている。時折に耳をかすめるのは、霧雨が降り出したのだろうかと錯覚するようなしっとりとした声だ。今も。細やかな雨が降る。人々に見守られ漂う白い服も、祈りの声にまぎれて目の裏をかすめている。手に持つ花の茎はナルザが力を込めすぎたせいで、指たちの隆起に沿ってへこんでいる。列の先頭で、ゆっくりと落とされる白い花々は降ってこない雪の姿を真似て棺の上に積もっている。すすり泣く者が、小さく、どうして、と嘆く。人々が悲しむ理由が彼には理解できないでいた。人の死は神の定めたものだ。今生の試練全てを終えた証が、その者の死で、後は神の御許に往くだけだ。ならばこそ、悲しむのではなく試練を終えた魂に祝福と歓びとを表すべきではないのか。まるで神の御許へ往くことが、罪であるかのようなこの嘆きの渦は、ナルザにとってひどく苛立たしいものだ。一歩、踏み出す。棺に積もる花がとたん罪の形に思え、手に持ったそれを乱暴に投げ入れれば目の前に立つ老婆が非難の色を浮かばせるが、すぐさま目は伏せられた。乾いた手から落とされた花が、苛立ちの上へと重なる。愚者の列だ。墓から離れようと踵を返す最中、耳触りばかりは心地よい声の持ち主に目をやれば、薄らとはられた氷のよう静かな表情のまま、わずかな悔いすら浮かべていない。薄氷が動き、その氷面に忌々しいとばかりの顔をしたナルザの姿を映す。この愚者の嘆きの中、棺の主の死を悼んでいない三人のうち一人、死んだ者の夫である男だ。棺が迎えた者は、真冬の川の中、膨れ上がった体を自慢げに見せつけるよう白い服をひるがえらせていた女であり、祈りの声を上げる男の妻であった。ペトルスの橋から実によく見えた、あれはまさしく醜い芋虫の死骸であった。ほんの数ヶ月前に男と共に教会で祝福を挙げられていたとは思えない醜さで漂っている、ナルザの隣りで呆然と女を見つめる男の目は、やはり今のように、薄氷の透明さを誇っていた。全てを見通す神の透徹さのように、なにをばかな、人間を神に例えるなどと、これでは。男の視線を乱暴に振り切って墓地の出口へと歩みを再開する。人の輪から離れた木の陰で、立ち竦む男を見遣る。鳶色の波打った長い髪を持つ男だ。それは墓に群がる人々とは比べ物にならないほどの悲痛な表情で立っていたが、その理由が墓の主ではないことをナルザは瞬時に理解した、男がどういった人物であるのかを彼はよく知っていた。彼だけではない、大勢の人間が知っている。しかし関係のないことだ。今はこの墓場から一刻もはやく立ち去ってしまいたいと、強く訴えるようにナルザは踏み出す足に力を込めた。

 かつん、と固い音が室内に響く。おろした足が、磨き上げられた床にぶつかると、それ同等に磨き上げられた音が鳴る。天井近くにまで伸びた本棚を見上げる。本は規則性もなく蔵われているため、ナルザが求めるものがどこにあるかは分からなかった。あの一番上で埃を被っているのならばそれはひどく骨が折れるな、と心中でぼやく。とにかくここに蔵われた膨大な書物から求める一冊を見つけなければと、片隅に寄せられていた移動式の梯子に手をかける。実のところ、彼が本を探すのは今日は初めてのことではなかった。

 足下に踞ったまま息を切らせる騎士の目は、信じ難い出来事に直面したと固まったまま開かれている。鼻先から滴になった汗が石畳へと吸い込まれてゆく。神への不信は許されざることだ、ナルザは剣を騎士の首元へと押し当てた、今すぐ御許へ送り神の裁きを受けさせてもよい。息を詰めて弱々しく手を上げた騎士は「わかった」と一言を、言葉を無理矢理に覚えさせられた魔物のように拙く発した。木の陰で葬儀を見ていた男の姿を思い出す、あの男がこの騎士みたく態度を改めることはないのだろうか。あれはいずれ罪を犯す、もう犯しているかもしれない、そうなる前に己自身がどうにかしてやらねばならない。大神皇カルナ=マスタを祀るラ・ヴェーダ共和国において、神を蔑ろにする者を一人として存在させるわけにはいかない。それはナルザが産まれたときより与えられた使命だ、そう思っている。剣を引いたとき、広場の方角から歓声が聞こえてきた。顔を顰めたナルザに向かい、いまだ踞る騎士はわずかに上擦った声で「団長がお戻りだ」と口にした。それは興奮の色であった、興奮の中には、神へ向けるものと遜色ない崇拝が潜んでいる。この男もだ。睨め付ける目から逃れようと顔を伏せた騎士に背を向け、広場へと向かう。ナルザが石段を登るよりも速くに、子供が駆け上がってゆく。息を切らせてしかし歓びの声をして、かの人を一目見ようと広場への階段を登るのだ。舌が苦い唾で湿っていく。上り詰めた先での光景が易々と想像できる、幾度となく見てきたおぞましい光景だ、きっと今回もそうに違いない、いつも同じ歓呼がこの階段を半分も登らぬうちから耳をうつ。階段を登る間、彼はなによりも惨めで力不足の修道士でしかなかった。そうはなるまいと上を向き足を進めるが、ふとした時には足下と石段を見ている。この身では人々の道を正すことが出来ないのだと、どこかで諦めてしまっている。奥歯を噛み締め、眉を顰める。そんなわけはない、神は身に余る試練を与えることはない、これは、成し遂げられる試練の一つだ。手すりをいっそうに強く握りしめて、青空へと目を移し、最後の一段を踏みしめた。やはり、そこはナルザの想像した通りのことが起こっていた。白馬に跨がった騎士達がゆっくりと大聖堂へと向かう、その周りを民と騎士と果ては修道士が熱を帯びた目と振り上げた手で歓んでいる。遠征より帰還したヴェーダ騎士団を迎える者たちの、不快で愚かな熱気だ。人々がより崇拝の念で見つめる者は、先頭にいる男だ。まっすぐに伸ばされた背とぶれることのない視線は、国を担うに相応しいとまでいう者もいる。あの男は王ではないし、この国は王を持たないとその度にナルザは声にする。後ろから駆けつけた民がナルザの肩にぶつかりながらも前へと進む。「ウィル様!」木陰にいたあの男のように、書庫で聖人を説いたあの修道士のように、信心を取り戻しかけていたあの騎士のように、それは譫妄の類だ。広場にいる民達の目を暗ませる、人を信心より堕落させる、ナルザが最も忌み罰すべきだと訴える、あまたの人々に神へ対するのと同様の感情を抱かせる男が、この国の騎士団で団長を務めている。精一杯に伸ばされた手から花束を受け取った男は、ゆっくりと顔に微笑みを浮かべる。「これは……ありがとうございます」その、霧雨を思わせる何よりも耳触りの良い声が、「ナルザ」苦し気に顔を歪める彼を見つけて呼びかけるのだ。いま立つ場所は地獄で、まるで己しか救ってやれぬのだと思わせるように微笑んで、彼の名を優しく紡ぐのだ。ナルザは神に対峙した罪人のように顔を青ざめさせる、ウィルの笑みが目を潰し、風に乗せられた例えようのない馨しい体臭が鼻を潰し、霧雨のよう鼓膜にしっとりと張り付く心地よい声が耳を潰し、最後はこの体ごと信心を潰す。神に対峙したのではない、あれは悪魔だ。悪魔に違いない、でなければ人の身で、やはりこれほどに人を蠱惑させられるわけがなかった。歯が舌に沈みこんで鈍い音を口内で響かせる、一気に広がる錆の味は悪魔の誘惑を退けるのに十分であった。「貴様、なにか言ったらどうだ」鋭い声がナルザの思考に割り込んでくる。ウィルの傍らで苛立たし気にナルザを見る男の言葉だ。「よしなさい」包み込むような視線が外れ、やっとまともに呼吸が出来る気持ちになる。そして、いつもと同じに悪魔が姿を変えた男から、あまたの人々を助けれなかった苦い敗北を抱えて背を向ける。ウィルがなにか言っていたが、まともに聞き取れる余裕が彼にはなかった。
△△△
わやしたパロの#仙魚 打つか!したのでがんばるぞ〜ので出し

 沈み込んだ気温を殊更押し潰したような寒さの中、襷掛けをした和装の男がシンクの前に立ち腕を動かしていた。蛇口から落ちた水はボウルに溜まっては溢れていき、流水に浸かった腸を赤みを帯びた手がゆっくりと揉みつけている。ボウルを蛇口から離し水を捨てる。傍に置かれていた袋を手にしひっくり返せば腸の上には大量の塩が広がった。
「出しっぱなしじゃねえか」
 背後から伸びた腕は蛇口を捻り水を止めるとシンクに肘をかける。その動きに従って見えた姿を横目に男は挨拶がてら微笑みを浮かべた。腸に塩を揉み込むよう洗う手を止めると、二の腕に顎を乗せて覗き込む男の名を口にする。池上。続けて、来ていたのかと問いかける。何にすんだ。腸から目を離さず池上は質問を新たに投げ返した。男は塩と水気に覆われた手を何度か握り込む。冷たさに塗り固められた関節の動きはぎこちない。今日は一段と寒いからな、鍋だよ。下処理を施していた腸に再び触れてから、男は池上の後ろへ目をやった。麻袋が微かに震えている。新鮮そうだ。揉み込む腸の感触は元あった柔らかな膨らみから変わり、塩洗いによって引き締まった固さを持ち始めていた。魚住のお眼鏡にかなうかね、と池上は笑う。一歩引くと踵を返して麻袋を持ち上げ縛られていた紐を解く。開いた口から乱雑に引きずり出そうとするのを、丁寧に扱えよ、と止めれば池上は麻袋の口を外側へ丸めるように手を動かす。
「こんなもんで味が変わるかよ」
「食材はどれも繊細なんだ」
 あーはいはい、話半分の態度を隠さない池上を気にすることなく、麻袋から出された食材の全身を目に納めると魚住は、父さんは、と呟いた。
「すごいな、良い品だ」
「そうなのか? オレにゃ違いが分かんねぇけど」
 池上も大人しく座り込んだままの食材を細部まで覗くように目を動かす。
「なら梱包も丁寧にやんのに」
「昔からだからなあ」
 腸はほどよく固くなった、塩を洗い落とすために魚住は蛇口を捻る。父さんなりのこだわりかも。池上の手が食材の毛髪を弄る。
△△△
間を打て…と自分にキレてしまったのでメモがてら置く#海乾

1
 乾貞治が性的な関係を持ちかけた理由は、杜撰な計算の元そこそこ高い成功率を得たからだ。であるからこそ、二人の距離はさほど変わらぬものと踏んでいたが、海堂薫は思うより誠実な人柄の持ち主だった。

(中略)

 違えようなくすべてを焼き尽くす変化が乾の傍らで燻っている。互いに益無いことであろうに、何もかもの報いがきたと言いたげに海堂は息を吐く。
「アンタが始めたことだろうが」

2
 撃ち放たれる弾丸は男の心臓を突き破り、渇いた風の吹くままにその体を倒れさせた。決闘の仲介人が死体へと駆け寄り名誉の死に十字を切る。蛇の目を持つ男は、手製の棺を磨き待つ葬儀屋へ振り返る。

(中略)

 撃ち放たれた弾丸は男の喉を突き破り、よろめいた体が開かれた棺へと倒れ込む。見上げた葬儀屋の顔は夕日に塗れて不鮮明で、その指も十字を画くことはなかった。しかし男は充足を得ていた。己の血に汚れる棺こそ、安息の足掛かり確かであるからだ。

3
 青春薫には幼少期より埋まらぬ記憶の洞がある。ついて回る不可解な空虚は薫の感情を容易く不安定なものにして、それらは自己の崩壊を予感する巨大さをもっていた。

(中略)

 鮮やかな往時のなか、見知らぬ乾の指先が秒針さながら震えて腕を滑る。海堂薫の目は覚まされた。

4
 冬日影のなか色濃く落ちる縄目の痕は乾の手首に取り憑いて久しく、海堂はその影が視界にちらつくたび気づかず息を止めていた。

(中略)

 力無く横たわる指とを結び腕を引き上げれば、乾の手首が海堂の目へと収まった。縄目の影は消え去り、余映のみが記憶の中おぼろげに浮いている。△△△
#槌円
スラッシュ禅問答

槌屋木一の短い人生で形あるものを手に入れることは多くなかった。例えば宮大工としての技術とか、中学時代に土下座をしてでも入ったサッカー部での経験は明確な形で木一の手に残らず、結果のみが肉体から離れて証明されていた。だからこそ初めてのことで「こんなこと誰にも言えないっすね」木一は狼狽えて円城を見下ろすしかできなかった。指先に引っ掛かった存在の網を、果たして引き上げてもいいのかと。「円城」確かめるように口にすると、円城が揶揄い混じりに笑い返す。「なんすか、甘えたそうな顔してますよ」「いや……」言い淀んだ様子に円城は小さく声を上げると、木一に背いてうつ伏せに転がった。円城、と木一が背を撫でるも円城は喉で笑っただけだ。「言わなきゃ甘やかしてあげないっす」唸り頸に口を寄せても円城は木一の言葉を促すだけで、本当に言えばいいのかと、これまで考えもしなかった術を疑り脳裏でゆらめく両親の姿を思うが「オレのこと諦めちゃいます?」それは網を引き上げろと言われたも同然に木一の心を突いた。円城が楽しげに笑う、力任せに木一と向かい合わされても気にしてもいない。「甘えてもいいだろうか」細い目が瞼の合間から覗く、首に回された腕に任せて木一は円城と唇を合わせた。「顔ヤバいっすよ、血液全部集まってるんじゃないすか」

円城勝利は木一の腕の中にいて、言葉にさえすれば大体のことを受け入れていたが木一自身の望みは些細なことばかりだった。
「槌屋先輩、もっと強欲にならないと」
「俺は十分だよ」
円城の両手が木一の崩れた髪を梳いて「我慢は体に良くないっすよ」と掻き乱す。身の丈に合わないものを欲しがることが一番燃え上がるのだと。「お前をもっと欲しがっても?」「オレっすか! 仕方ないなあ」考えておきますよ、続けた円城の笑顔に釣られて木一は口を寄せる。触れた唇同士は乾いた感触があった。大会が終わったら。

「それじゃあみんなで打ち上げしましょうよ!」
大会が終わったら、伝えたいことがあった。木一の指が僅かに動く。なんら重みのない指、感覚のこと、網が擦り抜けて遠くへ行ったのだ。目の前にいる後輩が木一を見る顔に、揶揄い混じりの甘やかさが浮かぶことはなかった。行平の言葉が蘇る、彼らの騙す気はなかったのだという声が脳を波打った。円城の存在は切り替わり、木一の手にした形は消え失せたのだ。
「槌屋先輩はどうっすか?」
結末すらなく、あの瞬間は不相応なのだと突きつけられたようでもあったが、「ああ」木一は臆せず笑い返した。慣れ親しんだ木組みと同じだ、木一は勝利との関係を思い描いた。この合間を遊びだとでも思えば良い。互いの譲歩が窪みを作るのだ。
「付き合うよ」
欲しがっていいのだと木一は知っている。△△△
#峰江籠 って最高だから何でも載せちゃお
ってやったらこれ池上と魚住でもやったくだりあって、もしかしなくてもよっぽど好きだな???てなった
脇舐めとか大興奮でもないのにめちゃくちゃ描いてるから多分好きだろうしそういうものを感じる…何の話?

 恐怖の姿を夢に見たのは、初めて計画を立てた日のことだと記憶している。それは薄く引き伸ばした細い影で、幼い時分では途方もなく詰み上がった怪物たちの犇めく姿に思えたものだ。長く付き合ってきた(とはいってもたかだか14、5年の)恐怖の姿は時が立つにつれ目線が揃い、そうして追い抜かしたものであったが、よくよく染み込まされた怯えは簡単に消えるものでもなかった。
「センターフォワードをやっていました」
 掠れた声ながらも耳に通る。征佳第一高校のグラウンドでは、サッカー部への新入部員が列をなして自己紹介をしている、峰自身もその内の一人だ。今は体育科の、殊に特待生枠の生徒が己を売り込んでいた。先ほどまで名乗り上げていた少年の後頭部は峰に比べて少しばかり低く、黄色いバンダナの合間から針金のように髪が散らばっていた。その肉体の模る輪郭は、峰の鼓動を逸らせるに十分だった。滲み始めた脂汗を押え付けようと強く息を飲み込む。握りしめた拳がぬるついて、峰はどうしようもない怯えを感じているのだと自覚した。
「峰功成です」コーチに促され、大きく声を張り上げる。
 周りの目が峰を見る。視界で蠢き目立つその影も、同様に振り返って峰を見る。
 恐怖の姿とは、峰自身が作り上げた計画失敗の概念であると、それが今まで認識だった。

 //
 だが夢が全てではなく、例えば峰を見上げる眼差しは暗澹の色をし歯牙にも描けない乾きを持ってはいなかった。江籠の目は尊敬を携えて峰を映している。
「峰くんはすごいな、オレも負けてられないよ」
 そして峰の全てを肯定して笑うのだ。
 峰は自身が他人から好かれていないことを知っている、考えや言動がぶつかるときに、ほとんどの人がやり過ぎだと口にすることも理解していた。峰のように強く正しくはあれないのだと続けることも。だがあまねく者に峰と同等のことが出来ないはずがなかった。持って生まれた才能は一つとしてない、その中で足掻いて手に入れたものこそが人が羨む今の姿だ。
「峰くんか……なあ、峰でいいよ」
 江籠は即座に峰を見定めた。努力の人だと口にして、峰のこれまでを讚え、肯定した。峰は江籠に対して友情を感じ始めていた。
 グラウンドに散らばるサッカーボールを一つ手にすると、江籠は両腕の力を込めて抱き竦める。「あー、本当?」首筋に浮かんだ汗の中、夕焼けが火の粉みたく散らばり光っていた。「はは、なら、オレも江籠でいいよ」眉を下げて笑う顔はまるで、峰の夢に追いつくわけがないとでも言いたげな無害さに塗れている。
 
 //
 伸ばした手は影を掠めることも出来なかった。江籠の目は峰自身を映すものの、欠片の興味もなく、ひとなでの感情もなく、見えぬものとでも言うのであろう空ろさを持っていた。またこの夢だ。峰は奥歯を噛みしめる。この夢はいつもそうだった、負けを認めるものの同じ口で江籠を責める峰がいる。縋る腕があるのに、峰自身を踏みにじって通り過ぎる江籠の背中が針のよう細く消えていく。たったそれだけの、夢だった。

 //
 夕闇が迫る中、ゴールの網が鋭い音を立てて浮き上がる。転がるボールに再び走り、振り上げた片足が勢いをつけて振り抜かれた。湾曲してゴールに飛び込んだボールが網に捉えられて絡まっていく。江籠のコミットメントは常に過酷なものだ、峰に並んで馬鹿げていて、足掻いて達成し続けている。同じ場所にいるのだ、峰はその後ろ姿を抱きしめてやりたい気持ちに駆られていた。
「江籠!」
 振り向いた江籠の重心は僅かばかり左に偏っている。だがまだだ。
「峰、まだいたんだ」
 呆れた笑い顔に、お前こそと返し「帰ろうぜ」と続ける。江籠の名残惜しげな目はゴールネットを見たようだが、すぐに峰へと視線は戻ってきた。サッカーボールを回収しながら、峰はあと数ヶ月で達成されるであろう目標に思いを馳せた。

 //
「今までの達成率を考えみろ、それに今は2年の後半に入ったばかりだろ? 体を休めて3年初めのコミットメントに備えていると考えれば、緩い目標じゃなきゃ意味がないと言えないか」
 エアコンから流れる温風が項を掠めるが、それと同じに江籠の熱い息が峰の耳元を擽った。のけ反る喉が唾を飲み込んだのであろう、のど仏が動いて、詰まった声が僅かに漏れる。峰の腕の中、強張った体が逃げるようと踠いていた。泥を掻き混ぜたような音が江籠の下着の合間から、青臭さと共に這い出ている。痙攣する足がカーペットを蹴って、轟々と温度を上げる体が峰の体に一層押し付けられた。峰は答えるようにより力を込めて江籠の体を抱きしめる。火照った体の熱は異常だった。呻き声と、溢れただろう涎が峰の首筋を垂れ落ちる。夢とは違う。江籠の腰が痙攣して浮き上がると、掌に精液が溢れてへばり付く。夢のようにはならない。峰の手は再び江籠の性器に触れて扱き続ける。こんな惨めな恐怖があるものか。悲鳴と懇願の中、峰は江籠の体を丁寧に解いていった。呻き一つ溢れなくなる頃、江籠の体からは力が抜け、それは峰にとって頽れた恐怖だった。悲願の達成にも似た感情で、江籠の体を犯して峰は笑う。それは夢の冷徹さを一切感じることのない、冷めることのない地獄を抱きしめたかのような熱さだ。△△△
どうやら上げてなかった、魚住純の憂鬱みたいなやつ発掘したから上げとこ
仙道って言うほど喋らないのに、なんで延々喋らせてしまうのか#仙魚 だから。おしまい

 だからさァ〜なんで分からないかな、ああ、いや、分からないからこうなってるけど、そうじゃなくってオレってそんなに分かりにくいこといってます? 魚住さんが望んでるからこうなってる、そんだけでしょ、え? 違わないですよ何なんですか、アンタがオレに好かれたいからオレはこんな気分になってるんじゃないですか、もう分かったんで常識みたいなこと、はいはい、でもよくないですか? オレに愛されたかったんですよね? とっとと嬉しいって言ってくれません? オレは、魚住さんのせいで、魚住さんがとーっても嬉しそうに笑う顔が見たいんです、いい加減にしてくれません。あ、違う違う、嘘ですから。こわがんないでよ。あーでもいっか、え? アハハ、ウソォ……へー、あっいやいいんですけど、魚住さんがしたいんならオレは。そうそう、魚住さんが望んでるんだもんな……ずいぶんな変態だったんですね。いやぁははは、そっかあ。あ、いいですいいです。うん。ドーゾお好きなだけ言っててください。そういうことですもんね。オレやれますよ、は〜……楽しみだもんな、すげぇや。は、馬鹿いわないでくださいよ解くわけないでしょ。なんつーか、大変ですね魚住さんも。認めらんないからこんな風に望んじゃうんだ。嫌だ嫌だってさあ、オレに犯されたいくせにね。ていうか後輩にこんなんさせんなよってこっちとしては思うんですけど。あ〜でもなあ、好きなんだよなあ。うんうん、しょうがないか。だってオレにはどうしようもないですしね、そうでしょ魚住さん。アハハ、おもしれー。じゃ、レイプ始めましょっか。
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これはプライド天元突破仙道となんでも素直に受け止めちゃ魚住の#仙魚

「ありゃ池上がいなきゃなんもできねぇだろ」とは、三年生たちの言葉である。ひとりフットワークのトレーニングをする魚住を見ていた時の言葉だった。あながち間違いではないと仙道は考えていた。恵まれすぎた身長と、大きさに追いついていない厚み(とはいっても平均以上の筋肉がある)なにより魚住は随分と柔らかく笑った。その横で池上と呼ばれた男が、周りを威嚇しているのだ。そりゃ周りも守られていると思うものだ。気付かないもんかな……気付かなそーだ。池上、と不安げな声が耳をつく。これが最たるものだった。魚住は何かがあれば、良し悪しに関わらずに池上と口にする。今度は何だと思えば、どうやらタイムを測っていたのが池上らしかった。仙道は飛んできたボールに手を添え、腕を伸ばす。成果が出たのだろう、次の「池上」はひどく嬉しそうな声色だった。膝を軽く折り真っ直ぐに伸び上がる。池上が両腕を広げると躊躇いなく大きな体を押し付けて抱き上げていた。足が地面から離れ「オレを信じてよかったろ」ボールは引き寄せられるように、ゴールネットを潜り抜けた。

 観察を繰り返した仙道の言葉を一年の面々は面倒だといいたげに聞いていた。珍しく口を開いたと思えば、二年の先輩方の交友関係ときた。
「オレたちがどうこういうもんじゃないよ」は植草である。
「ま、そんだけ信用してもらえる関係ってのはいいもんだろ」と越野が言う。
「……オレに聞くな」は福田のぼやきである。
 なんだよぉ、と仙道は手元のボールを拭いながら唇を尖らせた。そんなにおかしなことを言ってるか、と続けても興味なさげにボールを磨いている。
「あの人頑張ってるだろ、そんなことで馬鹿にされてちゃアンマリじゃんか」
 越野が手にしたボールを放り投げる。緩やかなな軌道は仙道の磨くボールにぶつかって転がり、福田の前に辿り着いた。手を止めた福田も転がるボールを手に取ると、仙道めがけて放り投げる。
「えぇ? なんだよ」
「そう言うとこだぞオメー!」
 福田は無言であった。植草がボールを手にし、軽い掛け声と共に高くボールを放った。狭い曲線が辿る先は仙道の元だ。するりと難なく受け止めた両手に植草は、これだよ、と小さく呟いていた。
「おい、オレなんかやっちゃいました? なんてこと間違っても言うなよ」
 釘を刺すようにして越野はボール磨きを再開し、真っ直ぐに口をつぐんでいた。福田も植草も同じであった。普通はこうだよな、魚住と池上を思い出しながら仙道も黙ってボールを拭う。汚れを取払い、ワックスを薄く伸ばす。その繰り返しだ。

 これらの話を魚住は黙って聞いていた。仙道と目を合わせて、時折瞬き、眉を顰めてから首を傾げ、何か思い出そうとでもするように表情を変えてから、思い至らずにまた仙道に向き直る。
「池上さんのことすぐ呼ぶの、やめた方がいいですよ」
 あの人の言うこと全部が全部正しいこともないだろうし、と続いた言葉を受け、魚住は少し驚いた顔をしてから、緩やかに照れたような微笑みを浮かべた。
「頼ってくれていいと、言われたんだ」
「いや、ですからね……」
 仙道の呆れを遮って魚住は、その、と続ける。大きな指が合わさって、躊躇うように指先が擦り合わさっている。仙道。少しつっかえた言い方だった。仙道は呼ばれた事に、はい、と反射で返す。
「オレはな、人をすぐに信じすぎるんだそうだ……」
 でしょうね、仙道は僅かに唇を歪ませた。
「だから、本当に信じられる人の言葉を信じなさいと、教えられたんだ」
 恐らくそれが妥協点だろう。仙道は魚住の両親の苦労を察した。それでもこの人は、どうやら何でもかんでも受け止めているようであるが。魚住は下唇を軽く噛み締めてから、続けるように息を吸った。
「アイツは……嫌な顔もせずにオレの面倒をみてくれたんだ。それで、この話もしたことがある」
 オレの信頼を裏切らないと言ってくれたんだ。魚住は柔らかく笑うと思っていたが、そのとき仙道は魚住の心開いた真に柔らかな笑みを見た。不公平だ。そりゃないぜ、だったらオレが昔から側にいたら、この人はオレを一番に信じたっていうのか。
「少しは自分で考えたらどうですか」
 仙道は呻き声を上げ、それからこんな姿は違うだろと感じる。困ったといいたげに眉を下げた魚住の顔をぼんやり見上げて。こんな姿やるとしたら池上さんだろ。何でオレにこれができないんだ。
「あ……その、頼りないかもしれないが、一緒に頑張ろう」
 肩に触れた魚住の手を払う。魚住は逃げない。それはそうだ、仙道の持つ才能と、何よりチームメンバーという事実は信頼が容易く得られる環境なのだろう。
「魚住さん、練習付き合ってくれませんか」
 まずは邪魔な牧羊犬を処分する。
「もちろんだ」
 手を払われたことを忘れたのか、気にも留めないのか。魚住は笑って頷いた。ゆっくりでいい、全てを確実にだ。
「それじゃあ、何をしようか」
 頼られて嬉しいのか、落ち着きなくボールを持った魚住に仙道は笑いかけた。
 やれるさ。オレは気が長いんだ。△△△
そうそう、やっちゃったんでオレって死刑みたいです。こういうのって公開されないもんなあ、けどかならず伝えに行きますんでオレが死ぬ日にも面会来てくださいね。はー、そっかあ、死んだらもう仙道彰をやらなくていいのか。けど魚住さんは仙道でいてほしいんですよね?オレ優しいんで、死んでからも仙道をやってあげますね。あはは、冗談ですよ。恩着せるみたいに言ってみたんですけど、ほんとは気に入ってるんで頼まれなくてもやるつもりでした。あー、そうだ、魚住さん、手を合わせましょうよ。ほら、ここ。板のとこ。ふふ、やさしー。死刑が終わったら迎えに行くんで、約束しましょ
そんなわけで#仙魚 とネグレクトうけてた池上

 父親を名乗る男に連れられて家を出た日を境に池上の生活は変わったが、依然として空腹が満たされることはなかった。食べても、食べても、食べても。

 県内ベスト4。海南と翔陽という神奈川全高校の壁。陵南にとってのインターハイも終わり、来年が最後のチャンスだった。
 別棟の空き教室で昼食を食べながら池上は口を開き、
「来年もダメだったら大学で全国目指すか」と、冗談めかす。
 池上の言葉を受け、魚住は眉を下げて笑った。広げた弁当から少しづつ切り分けて食事をしながら、方法を探しているようだった。三袋目の菓子パンを開け大きくかぶりつく。遠方の大学でも受験するのだろうか。だとしたら池上は偏差値の確認をしなくてはならない。
「……大学には行かないんだ」
 箸を置いて、少し考え込む顔を浮かべている。それから、あいつらには黙っていてくれないかと魚住は続けていく。
「その、板前が昔からの夢なんだ、卒業したらその道にいく」
「いいんじゃないか」
 なら池上も大学でバスケをする必要はなかった。田岡先生は知ってるのか、の問いに魚住は首を振ると再び箸を手に取り食事を再開する。魚住の姿は食事の二文字が似合っている。残り僅かとなったパンを口に詰め込むとペットボトルを開け流し込み、なら自分で作っているのかと聞いた。魚住はいや、と否定した。
「今から練習しておけよ」
「父さ……親父が、家庭料理と店の料理は違うって」
「そういうもんかね」
 池上が四袋目になる総菜パンを半分食べるころに魚住の食事は終わったようだった。箸を置いて、両手を合わせ物を片付けていく。
「家庭料理を先に覚えとけば親父さんがいう、店の料理との違いがすぐにわかっていいんじゃないか」
 ふ、と口からすべりでた言葉に池上は驚いた。自然と溢れたものだった。そうか? と首をかしげた魚住は一理あると頷き直す。魚住が食事をする口元が思い出された。
「オレの分も頼むよ」
「なんだ、それが狙いか」
「もちろん払うぜ大将」
 ばか、と魚住が笑って、池上の広げたコンビニ袋の中のゴミを見ると、確かにバランスが悪いと続けた。

 その日の夜、義母の作った夕飯を食べ終えた池上は差し出された受話器を取った。
「明日、持っていけそうだ」
「なにが」
 自分からいったくせに、魚住の呆れた声に暫し考えてから弁当かと返した。マジかよ、続けた池上の言葉から微かな笑い声が引き出される。
「好きなものあるのか? 作れそうだったら入れてくが……」
 いや、と考え込むも池上の頭をぱっと出てくるものはなかった。しいていうなら夜近い川が過った。

 感想を落ち着きなく待つ魚住へ、池上は美味いと返した。味はどうだ、濃過ぎるとか。と言われても池上の舌は繊細でなかったのでよく分からなかった。好みの味が分からないと答えれば、魚住はなら明日は少し薄めに作るよと言う。
「美味かったのにか」
「どうせなら好きな味を見つけさせてやりたいしな」
「真面目だねえ」
 もっと良い時間にしたいんだ、と魚住は答えて箸を取った。その頃には池上はすっかり弁当を食べ尽くしていた。普段のパンに比べて少ないものの、それなりに満足するものだった。良い時間、と池上は考えた。何かを食べることがか、不思議なものだった。おそらくそれは池上と魚住の決定的な違いだろう。オレは充分良い時間だと言うのも見当外れだろう、魚住の指す良い時間は池上の中にないものだ。

 それから魚住は、時たま弁当を作ってくるようになった。週に一、二回の良い時間というものは、魚住が池上にこれはどうだ、ああだと話してはメモを取っていた。繰り返すうちに池上も好みというものが分かってきた、魚は薄味が好きだとか、肉は柔らかい方がいいだとか大ざっぱな範囲ではあるが。魚住の弁当を食べるたびに、池上の腹には確かに満腹感があった。空腹が僅かに遠のく。
「実は色々変えてたんだが、キンピラは砂糖多めが好きみたいだぞ」
 だとか、魚住がこちらをよく見て覚えて試作しているのを聞くたびに、食事をしていると感じた。整った所作もなにもないが、池上はいま食事をしていた。
「良い時間だ」と池上が呟く。
 そのとき魚住は見たこともない嬉しそうな顔を浮かべた。バスケで勝つ歓びとは違う。池上は残り僅かな中身をみて、おそらく魚住の夢から出たものだと感じた、魚住の夢は池上の空腹をこれほど満たすのか。

 充足を得始めた影響か、池上には気付くことがあった。いつからだったのかは分からないが、今確かだ。池上と同じなのであろう、きっとどれほどと喰ったところで、だ。
「魚住さん、つぎオレとしましょうよ」
 しかしその中でも僅かに満たされるものがあるのだろう。池上の持つ良い時間のように。少しづつ積もる充足がある。どうする、と池上は声もなく口にした。
 どうする、一匹だけだ。
 夜の川で沈めた犬の肉が蘇った。固く筋張った野良犬の肉、岸に打ち上がった小さな魚の死体、生い茂った草。義母の料理も空腹を満たすでなかった。食べても、食べても、食べても。減った側から食べたところで。昼下がりの風を感じる、魚住が箱に詰めた池上のためだけの良い時間。どうする、と再び口が動く。
 一匹だけだ、食べても減らない魚は。
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セ部屋#池魚 の蛇足をなんこかのせたいんだけど、これは公園で遊ぶ二人

 鋭く動いた体は魚住の巨体をなんなく交わして流れるようにボールをゴールへ通して見せた。
「な、こういうふうに抜かれんだよ」
 池上は頷く魚住を見上げながら、少し休むかと続ける。バスケットゴールの置かれている小さな公園だった。並ぶ遊具の隅にただただゴールだけがあって、試合は到底できず、ゴール下でじゃれあうためだけにある。木陰にあるベンチに腰掛けて、息を落ち着けようとする魚住をみた。日に当たりわずかに赤く色づいた肌にふつふつと汗が浮き出ている。すらりとした手足は出会った時よりも筋肉がついたように思う。
「がんばってるよな」
 感心すれば、魚住は目を瞬かせてから首を振った。少しばかり長い前髪が揺れて、影になった奥には困惑し揺れる目があった。照れるなよ、と池上は笑う。
「本当のことだろ、自信もてよ」
「そうかな……ありがとう、池上くん」
 上品に笑うやつだ、と思う。同時に、まだよそよそしいなと。池上が個人的に魚住と会うようになってまだ日は浅い。田岡との対話のあと、気合を入れて練習をするようになって、池上はといえば面倒みとけと先輩に言われるがままに声をかけていた。そこから、よかったら休みにも教えようかと提案したのだ。
「くん、……池上でいいって」
 チームメイトとしてやっていくのだ、そろそろ距離を詰めたっていいころだろう。池上は無遠慮に魚住と呼びかけた。うん、と魚住が目を合わせてきて、色褪せた海がよぎった。
「言ってみろよ、ほら」
 池上の言わんとするところを察し、魚住は両指を遊ばせながらもごもごとする。こんなにデカいのにな。と思うものの、少し前に連れて行かれた屋敷を思い出して、まあこうもなるのかと納得する。店をしてると聞き、なら親を連れて行くから教えてくれと答えたところ現れた店構えを思い出す。驚いた気持ちをそのまま親に伝えれば、ああ七里ヶ浜のところかというものだから知ってるのかよと脱力した。密談にいいそうだ。ともあれそのような店の育ちのいい坊ちゃんであっても、池上にとっては同じ部活のチームメイトそれ以外の何者でもない。
「い、池上……」
 日陰の中でもわかるほどに頬を染めて呼ぶものだから、奇妙な空気が肌に触った。
「ま、そんなもんか」
 誤魔化すように立ち上がり声をかける。
「続きやろうぜ、もういいだろ」
 頷き腰を上げた魚住の見上げながらこいつが強くなればそりゃすごいだろうなと、池上はしみじみと思った。
「がんばろうぜ、魚住。田岡先生もいってたけどよ、先は長いが……三年になったら全国だ」
 魚住が目を見張る。
「聞いてたんだ」
「そら心配だったからな」
 追いかけたんだよ、と続けた池上の言葉を受けて、魚住はシャツの裾を軽く握った。
「池上、に並べるくらいディフェンスうまくなるよ」
 そして顔を上げて笑った。魚住の照れと決意の混じった緩い笑顔が池上の胸にするりと入り込む。そりゃ休んでらんねぇ、と呟いてからくすぐったい気持ちそのままに池上も笑みを返した。
 魚住が中心となった陵南バスケ部で、並んで走る自分を想像する。池上はこれから教えることがその未来を叶える一部になるのだと感じた。それはどことなく落ち着かない気持ちにさせる、しかし暖かな感情で、魚住とこのまま変わらず走れればいいなと池上は願いにも似た感情を抱いた。△△△
という#仙魚#池魚 のラスト(?!)
池上はいくつものダイスが示す数を見下ろしていた。瞬いても変わらず、遊びの終わりだった。
「そーいえば、言いました?これ植草がハマってて、先輩たちが卒業してから部内で少し流行ったんですよ。越野と彦一がやたら上手くて、福田は池上さんみたいに運悪かったなあ、アイツそのたび涙目でコート戻ってシュート打ってんすよ。あっはっは!菅平付き合わせて、抜いて打って、わるいやつですよね」
椅子が引かれ立ち上がる音がする。池上はベッドで眠り続けている魚住に目をやった。穏やかでも苦しそうでもなく、ただただ眠っている魚住を。いま失われたものを。仙道、と哀れなほど震えた声で池上は縋った。立ち上がり池上を見下ろす仙道の表情は、電球を背後にして伺いづらく、しかし部活中によく見る顔をしていた。
「なぁに言うんですか、人生一度きりですよ」
喉が渇き痛み、池上は息を詰まらせる。いちどきりだと、唸る獣だった。ベッドの傍らに膝をついた仙道は魚住の顔を眺め、獣の唸りが聞こえていない様子で深く息を吐いた。いろめきたった息だ。
「うれしいなぁ、こういうのをしあわせっていうんですね」
魚住の頬と己の頬を擦り合わせ、そうして思い出したように池上に振り返る。
「クリティカル、途中で出しましたよね。もう終わらせるかってときに、イキナリやってくんだもんな」
再び立ち上がると仙道は躊躇うことなく池上の顔を掴んだ。明かりが消え、広がる暗闇のなかで繰り返す己の呼吸だけがあった。
「オレ、優しいんで。魚住さんも言ってましたけど、なんだかんだ人を見捨てないって、そっとしておくのは信頼してるからなんですって。そーやってオレは人を引っ張っていくって、あー、また聞きたくなってきたな……キャプテンになって、魚住さんのことソウゾウして話したら、あの人かわいいこと言ってくれますよね、んなことどうでもいいか」
暗闇に光が散らつき蠢き出す。数を増して、細菌めいた震える光点が視界を埋め尽くそうとしていた。
「好きなものがなくなるのは、つらいことっていいますしね。うんうん、オレもやだなぁ」
白一色だった。眩しさの中で池上は体を引き裂かれる痛みから逃れようと目を閉じた。

「新入生のみなさま、入学おめでとうございます」
開いた目は広い体育館を映し出す。陵南高校の校章が書かれた幕が下げられ、演台では見知った顔が言葉を続けていた。あまたの人々の中で池上は立ち尽くし、辺りを伺い、その中でひときわ目立つ影を見つける。
「魚住!」
騒めきをかき分け、二回りも違うであろう影の腕引き、そうして仙道が何を残したのかを思い知らされる。怪訝な顔をする男を見上げて池上は息を落とした。無様なひとつの音を。やがて大きく笑った。人々のさざめきと、困惑した手に引かれながらも池上の笑いは止まらなかった。△△△
#仙魚 の4月1日なんだけどさあ
「先週そこの駅で飛び込みあって電車が止まったじゃないですか、その時ちょうどホームにいて、周りはうるさいし電車止まるしで散々だったんですけどどっかから、うわ肉だって聞こえてきたんですよね。死体だとかじゃなくて肉だって。そりゃ電車に轢かれちゃってぼろぼろにもなったら人に見えないかもしれないですもんね。それで、どこまで魚住さんだって思えるんだろうってなっちゃって。ほらオレ、魚住さんのこと好きでしょ。自分ではどんな魚住さんも好きだーて思ってるんですけど、本当にそうか分かんないじゃないですか。だから確かめようって、ばらばらにしてみたんですよね。爪とか皮剥いだり、耳を切ったり。魚住さんすごい泣いちゃって、だからいるわけじゃないですか、本人が。で、びっくりしちゃったんですけど、分離させてみたのも魚住さんのだあて思うと持ってなきゃってなって、あの時みたいに肉だって言えたら捨てれると思うんですよね。でも持ってなきゃなって。それって好きってことじゃないですか、好きなものだから持ってたいんですよね?けど魚住さんがいて、でちょっと分かれちゃっただけだし、だからなのかも?みたいな。いったん殺しちゃうか。だって轢かれて死んだ人が、飛び散ったの肉だって思われてたし、確かめ方悪かったかもと思うじゃないですか。だから首絞めて、あ、知ってます?首絞めてると赤くなりますよね、顔。ずっとやってるとそばかすみたいなあと残るんですよ、顔の血管切れちゃってるのかな。そばかすある魚住さんってまた今と感じが違って、これもいいなあて感じでしたよ。なんですかあ、あ、大丈夫ですよ。ヤキモチ焼かなくったって。違う?まあいいや。えっと首絞めて殺したから、死体じゃないですか。分かってたけど、このまま持ってたいな、持ってけるなってなって、だから魚住さんのこと好きなままで、よし!こっからだ!って腕まくって、やあ〜魚住さん切り甲斐ありましたよ。もしやんなきゃいけないことあったらオレを頼ってくださいよ、コツ掴んだんでサッと片付けれますよ。池上さんもまだ経験ないでしょうし、ね、絶対オレを頼ってくださいね。約束ですよ。あっはは、やった。あー、それで、言っちゃうと、どんだけ細かくしたって全部魚住さんだったから、これだけあればいいってこともなくって、脳とか?そういうので魚住さんだってしてなくって、だからそのー、なんていうかな、全部魚住さん、たくさんになった?増えた?肉だって思うことはないんですよね、だって血もちゃんと溜めておけるように考えて、こーんなっ、こーんなですよ、いやもっとデカイの用意したっけな。そこでやったんで、こぼさないように気をつけて。全部魚住さんだったから、オレは魚住さんがどんなふうになっても好きなんだな。それで、ん?あ、もうちょっと続きます。魚住さんが喋んなくなって、でも体は全部好きなままなのって、体目当てだったのかな〜て次なって。試しに体入れ換えちゃおうって。誰と?誰だろう、そこら辺で声かけてきた人です。ええ?見てきましょうか?いい?そですか。じゃあ戻しますけど、魚住さんとその人の体を入れ換えたんですよ。どうなったと思います?ええ〜!ま、そうか。そーゆー話してましたしね。ハズレ!けど、ちょっと惜しいのか?その時って前の魚住さんそのまま連れてきちゃったから、なーんか知らない体になって驚いてたけど、ほっとしてたんですよ。おかしいですよね。あのー、オレですね、見た目違ったって構わなかったんですよね、だって魚住さんなんですもん。どこまでできるかなって色々試してみたんですけど、まーバスケ、やれないのは残念でしたね。それ以外は、むしろもとより小さくなってるから掴まえやすかったし。でねえ、当然魚住さんの体もあるわけじゃないですか、そっちも逃げようとするから、殴っちゃった。魚住さんなんですけど、魚住さんの体だけど、本物はいるわけじゃないですか、え?なんで勝手に動いてんの?だから大事なのって心なのかもしれないですね、心っていうんじゃないですか。魚住さんの心があった体だから全部全部好きだし、魚住さんの心が入ってるからそっちも好きだなって、入れ物の良いところ見えてくるんですよね〜。だから、最初にこうして魚住さんと出会って、それが本来の魚住さんで、オレはそれがいいなって思って、好きだなってなったんなら、何がどうなったって魚住さんのことが好きで、分かれちゃったら魚住さんが増えてラッキーくらいって話で、飛び込みなんて聞いてないって?……そりゃあ全部嘘ですもん、4月1日ですよ、魚住さんってホントこーゆーイベントに疎いですよね」△△△
#仙魚 してるし、こんなん!で読んでたけどほーんとにそもそもの始まりが全く思いつかんからわけわからん方向にいくんですけど、
「最初は…、あ、ほんとの1回目です。オレが地球に来て、胎を借りて、産まれて、陵南きての。そのときお二人は付き合ってたんじゃないかなぁ
こんな顔するんだって思って、そりゃ池上さんたちのことでしょ。どこだったかな……そう、体育館と特別練の間通れたじゃないですか、あそこでキスしてましたよ。魚住さんが屈んで池上さんのこと抱き上げてさぁ、オレそんときの魚住さんみていいなぁって。だから2回目はソッコーで魚住さんにオレと付き合ってもらったんですよね、そしたらやっぱりこんな顔するんだなあって、知らない顔ばっかりみせてくれて、魚住さんっていいなあって。だから池上さんには良いもの教えてくれた感謝があるんですよね、お礼したいなって思ってたから、13794回目のときは2人で魚住さんと付き合いましょうよって誘って、乗ってくれましたよぉ。はははっ、あん時の池上さんすごかったですよ。魚住さんを大人しくさせるのすごいうまかった。で、たくさんやってきて今回もオレは魚住さんといるんですけど、やっぱりいいなぁ。オレだけの魚住さんにしたいなぁって……、あ、この話するのも何回目でしたっけ?」△△△
そしてこれは止まりそうなので自分催促用に貼る#仙魚 の文字の進捗

 堤防釣りの場所としてそれなりで時たま通りすぎると幾人かの釣り人が見えていたが、こと仙道が釣りをする日には狙っているかのように人という人が見当たらなくなる。いまも係船柱に腰掛ける仙道と、その横で座る魚住以外に人気はない。揺れる釣糸と穏やかな海には光の鱗が浮かんでいる。時折体を撫でる風は僅かに肌寒く、夏の終わりを魚住に吹き込むようだった。運動部にはインターハイという夏がある、夏が終わったと彼らはいうが魚住の夏は始まりもしなかった、秋口の気配は改めて予選敗退を思い起こさせた。海面を走る光の線に目を細めて魚住は波音に耳を向ける、寄っては引く波の泡立ちが白く弾けてコンクリートへ「ザァーン!」と、仙道の声が合わさった。思わず目を向ければ釣糸を眺めていた横顔は魚住を見下ろしていた。
「海の音っていわれると波がでてきますよね」
 大きく波が打ち上がる。
「そうだな」魚住は先ほどより荒れ始めた海へ目をやり「オレはもう少し静かな波が出てくる」
「ザザァーとかです」
「ザァーくらいか……ん、同じか……?」
「このくらいですかね」
 荒れ始めていた海は大人しくなり静かに揺れて細やかな音が連なっていた。
「魚住さん」と魚住の答えを待たずに仙道は続けた。
「これって宇宙でも聞けるんですよ」
 風も止みただ揺れる釣糸と静かな波音だけが広がって、魚住は変わっていく起点として今があるのだと感じた。仙道もそうだろう。ふとしたとき魚住へと語られる、思いつきのような冗談もこれが最後なのかもしれないと。何事も最後は惜しいのだろう、魚住は宇宙でも聞けるさざ波の正体を仙道に問いかけた。釣糸が大きく揺れる。
「バスケット星人の泣き声です」
「ははは、いつもの宇宙人か」

 五月のあいまいな気温は、春というには暑く、夏というには冷たいもので、衣替え前の上着の中でこもった熱にじわりと汗が滲むことがある。魚住は制服の襟を緩めながら、ゆっくりと校門へと向かっていた。グラウンドでは運動部が動き回り、夏に向けた追い込みをしているようだ。ランニングをする集団の中にバスケ部員たちを見つけ、魚住は思わず足を止めて体を縮ませる。バスケ部に足を運ばないままに一年が過ぎていた。入学時にかけられた言葉がよぎり、頭を振り深く呼吸を繰り返す。ため息をつき伺うように目を向ければ、合間に池上の姿も見え、ますます腹は重たくなった。池上には部活中に世話になった、彼に一言くらいあってもよかったんじゃないか、だが今更どう声をかけるべきか魚住には分からなかった。鳩尾に冷たな不安が渦巻くと、気持ちの悪さを誤魔化すように腹をさすって背を向ける。と、背中に触れる影があった。
「だいじょーぶですか」
 立たせた髪が目立つ男だ。狼狽えて頷いた魚住の背をひと撫でして「ほんとに」と気遣いを口にする。近づけられた顔から視線を外し、ほんと、と返すも背中に添えられた手は離れなかった。「きみ、」と口にしかけ、男の背の高さに気がついた。二メートルある魚住に対し一回りの違いしかない。バスケをやっているんだろうか、と考えたところで「仙道」と呼びかける声が飛び込む。
「大丈夫だから」魚住はそっと仙道の肩を押す。
「そうですか。気をつけてくださいね」
 暑くなってきましたし。走り去る背中の先、見知った眼光を一際鋭く感じると魚住は逃げるようにその場を後にした。暑くなってきた、うなじに受ける熱は確かに体を不気味に泡立たせ続けていた。

「田岡先生を呼んできてくれ」
 魚住は途方に暮れながら体育館からわずかに離れた場所で立ち尽くしていた。おまえバスケ部だったろ。手のひらに汗が滲み、魚住は内心のいたたまれなさを取り除くようにズボンで拭った。だれか来ないだろうか、他の部活のやつでもいい。時間をかけるわけにはいかないと分かっていたが、魚住の足はぬかるみに囚われたように動かない。強く目を閉じる。意識し、深く呼吸をしかけたところで間延びした声が背中に覆いかぶさった。
「どしたんですか」
 魚住は隣に並び立った仙道の見下ろして、その、と口ごもる。その様子を急かすでもなく見つめながらも、田岡センセーですか、と仙道は問いかけた。頷く魚住に相づちを打って言葉を続ける。
「代わりに伝えておきますよ」
 仙道の提案に魚住は分かりやすく安心した顔を見せた。
「ありがとう……山重先生が呼ばれていたって」
「ああ、はいはい。オッケーです」
 被せるように答えてから、仙道は思いついたように、
「魚住さんですよね」
 顔を強張らせながらゆっくりと頷いた魚住へ「仙道です、これで挨拶終わりましたね」笑いかける。体育館から田岡の鋭い怒号と、続けて張り上げられた大勢の声が聞こえてくる。仙道は体育館へ顔を向けて、気の抜けた声をあげた。
「スゲー怒られそ」
「早く行った方がいいよ」
 田岡の厳しさは僅かに在籍していた魚住もよくよく知っている。昨年に遅刻を叱り飛ばしていた姿を思い出して魚住は眉を顰めたが、仙道は気にした様子もなく「今って部活なにしてるんですか」と話を変える。何も、答えた魚住に目を向けると仙道は片手を出した。狼狽えながら魚住も手を出して、伺うように、戸惑いがちに手を握る。
「魚住さん」強く握り返された手が二、三度振られ、「また会いましょ」
 手を離すと仙道は小走りで体育館へと向かった。その背中を暫く眺めてから、魚住は校門に足を向けた。道すがら魚住は握られた手に目をやり、指先で手のひらを撫でると拭うように制服へ手を押し付けた。

「だから来年の七月には世界が終わってくれるはずなんだよね」
 クラスメイトの話を聞きながら、魚住はそれは困ると口を挟む。
「夢が叶わないじゃないか」
「なんだっけバスケ選手だっけ」
 板前だ、と魚住が苦々しく答えると、興味の無さを隠さない反応が返される。去年と引き続き同じクラスになった男は魚住の話をろくに聞かず、喋りたいことだけを喋り続けている。最近の話題はもっぱら来年の七月に世界が終わるという予言についてだった。
「あれ? 部活は? バスケ部って何か大会ないっけ」
「辞めたよ、前に言ったろ」
「根性な!」
 クラスメイトの笑い声を聞きながら、魚住はいかにも不満げな表情を浮かべると、
「お前のそういうところ、本当にどうかと思う」
 窘める声色で続けた。まあまあ来年の七月までだから、ふざけた様子に終わるわけないだろと呟く。目を向けた黒板には五月二十二日と書かれていた。
「仮に終わるとしてさ、空からやって来る恐怖の大王は何がいい?」
 隕石とか異星人とか、火山の大噴火とかね〜。指を折り曲げ嬉々として数える姿に魚住は溜め息をついた。これ見よがしに、呆れましたとこめかみを押さえてみせるものの、その姿を気にされることはない。次々と展開される言葉の波を遮るように、「異星人だ、異星人」と魚住は声を張り上げる。料理でも振る舞うの、と小馬鹿に返され魚住はいよいよクラスメイトの頭を耐え切れずに叩いた。
 授業も全て終わり、下校を促すチャイムが鳴っている。「じゃ、またね」と席を立ったクラスメイトに挨拶をしつつ魚住も立ち上がり鞄を手にした。部活に向かう声が聞こえる。夏も近いせいか拾う言葉は予選だとか大会だとかだ。鞄を持つ手に力が入る。魚住は頭を振って玄関へと向かった。
「へぇ、七月に世界が終わっちゃうんだ」
 釣糸の垂れ下がった海面から目を逸らすことなく仙道は欠伸をする。堤防をぼんやりと歩いていた魚住が、釣りをしていた仙道から呼び止められたのはつい先ほどのことだ。部活はいいのかと聞いたが答えはなく、魚住はそれ以上の話題も探せずに苦し紛れでクラスメイトとの会話を挙げた。来年の七月に世界が終わる。
「なら全国も無理ですね」と仙道は笑った。
 田岡センセーかわいそ。誰に言うでもなく落ちた言葉に魚住は体をこわばらせた。波の音がいやに大きく響いてくる。七月かあ、繰り返した仙道は首をかしげ、
「この話って前もあったんですっけ」
 魚住は特に見聞きしたこともなく、投げられた疑問に否を返すと、仙道は魚住を見上げた。合わさった目は散乱した光を纏っている。仙道の黒い目の中で、その光はより目立っていた。
「来年の七月、一緒に迎えませんか」
 異星人見たいでしょ。見たいでしょって、魚住は困惑から抜け出せず、反射のように声を出す。目を逸らして、水平線に視線を投げた。光がちらついて海面を彩っている。戸惑いを含めた唾を飲み込み、
「オレとキミ、そんな仲じゃないだろ」
 黒い目を瞬かせてから仙道は少し唇を曲げてみせた。顔を背けて、リールを巻き上げていく。海面から出てきた釣糸の先には釣針がなく、そのまま竿を短く格納してからバッグへしまうと仙道は立ち上がった。魚住の前に一歩踏み出す。
「仙道でいいですよ」それから、と言い聞かせるように。
「明日もここにいるんで」

 まさに言葉の通りであった。土曜の朝、まさかいないだろうと過ごしていた魚住は、しかし昼を過ぎた辺りで、もし本当にいたらと落ち着きをなくし、散歩のついでと言い訳をして家を出た。線路を越え、堤防に向かう。そうして、昨日と同じ場所で釣りをしている仙道の姿が鮮明になるにつれ、魚住の歩みは鈍っていった。遅々とした動きで側へとにじり寄った影が仙道の足下にかかる、置かれているのはタックルバッグではなくスポーツバッグだ。部活の帰りかと魚住が口にするより早く、こんにちは、と挨拶が投げられる。変わらず視線は海面へ向いていた。魚住も釣糸が揺れ動く様を眺めながら、短く言葉を返す。波の音に紛れて潮風が体を通り抜けていく。陽光の強さに半袖のシャツを選んだが、海沿いの空気は冷たく、ゆっくりと体温を奪っていた。
「海辺だとまだ少し寒いね」
 魚住はぎこちなく両腕をさすった。仙道の目が一瞬、魚住を捉えるとすぐさまに視線は戻されて釣竿を引き上げる。両手でしっかりと持たれた釣竿が魚住に寄せられ、思わず受け取ると手を離した仙道は足下のバッグを開けた。
「えっ? これ、」
 音を立てて釣糸が伸びていく。慌てふためいた様子を気にかけることなく仙道はバッグから引きずり出したジャージを二度ほど叩いてから、魚住の持つ釣竿と換えるように手渡した。学校指定のものでも、バスケ部で見かけたデザインでもない。背面にはSENDOHと刺繍されている。
「着てください」
 釣竿を持ち直すと再び海面へ目を向けている。魚住が手の中にあるジャージを広げて逡巡していると、
「寒いんですよね」平坦な声だ。
 ジャージの生地を弄る魚住に目を向けると、仙道は首をかしげた。一段と強い風がシャツの合間に飛び込んで、かすかに鳥肌が立つ。観念したように魚住は袖を通した。小さいんじゃないかな、と呟きながらも着たジャージは小さくも大きくもない。「大きめにしてたんですよ、ちょうどよかったですね」魚住はつかえながらも礼を伝えると、仙道の側に座り込んだ。
「あの、キミさ」
「仙道です」
 間髪を入れずに訂正される。
「……仙道くん」
「仙道」
 言い聞かせるように告げられ、魚住は眉を下げて呼び方をなぞった。喋ろうと口を開いた魚住を無視して仙道は続ける。
「魚住さんって、バスケやってないとそんななんですか」
「そんな……? 失礼なやつだな」
 思わず非難めいた口調になったものの、仙道は満足そうな表情を見せ、
「それともオレがバスケ部だからですか」
 息を飲んで魚住は海面を強く見据え、自然と手を握りこんでいた。違うよ、否定をするものの声は震えている。緊張をした体を貫くようにウミネコの一声が通り過ぎた。指先まで強張らせていた力が抜けていく。
「——今日、オレのこと待ってたの?」
 釣竿を数度動かしながら仙道は頷いた。「そりゃもちろん」垂れ下がる釣糸に反射した光が動いていく。理解が出来ないと言いたげな表情を魚住は浮かべたが、それ以上の追及をすることはない。小さく揺れては寄せられる細波の音に耳を澄ます。魚住は膝を抱えて小さく丸まった。
「仲良くなりたくって」仙道の言葉が波間に落ちていった。
「オレ、魚住さんのことが好きなんで」
「会ったばかりじゃないか」
「そういうことないんですか」
 考え込むように魚住は眉を寄せて、暫くして「なるほど」と納得した。
「そうだな、うん……」
「あはは。よかった」
 釣竿が大きく持ち上げられる。釣りをやめるようだ。リールを巻きながら、友達ですねと喜ぶように声を弾ませた仙道は、はたと動きを止める。
「先輩と後輩じゃおかしいですか」
 如何にも真剣な表情で問いかけてくる姿に、魚住は思わず笑い声を漏らす。「変なヤツだな」釣竿をしまいながら仙道は、唇を尖らせる。
「いいよ、それこそ部活なら違うんだろうが……」
 自然と出た言葉だった。魚住は少し驚いた顔をして、着ていたジャージの袖に目をやった。くすんだ色味と僅かばかりくたびれた生地だ。
「中学んときのです」
「ああ、これありがとう。洗って返すよ」
「いやオレも使ってるし、いいですって」
 それとも家まで着てきますか。ジャージを脱いで畳みながら魚住は今返すと答えた。手渡されたジャージを乱雑にバッグにしまい込み仙道は立ち上がった。堤防を歩きながら交わした会話の中で魚住は仙道が東京から来たのだと知った。田岡からのスカウトであったとも。
「スカウトってことは上手いんだな」
「ははっ、センセーの勢いすごかったですよ」
 仙道との会話は魚住にとって不思議なものだった。これが部活の顔見知りだったら違っただろう、少なくともバスケに関してここまで気にせず話すことはなかったはずだ、と。魚住は仙道の横顔を見つめた。視線に気がついた仙道が顔を上げる。田岡からかけられた数々の期待を魚住は思い出した。予選がんばって。魚住の言葉を受けた仙道が眉を下げて笑った。

 クラスメイトが言うところの世界の滅亡まであと一年、学期末テストの始まりまであと数日。七月一日水曜日、魚住は板書されていく文字をひたすらに追ってはノートに書き写していた。気温もすっかりと上がり夏が顔を見せ始め、教室の中も熱気が立ちこめ始めていた。時折、汗が滲んだノートに鉛筆が引っかかる。開け放たれた窓からの風を受けて、魚住は思わず外へと目をやった。運動場では体育中の生徒達が声を上げて動いている。あれはサッカーだろう。ボールを蹴りながら走る中に見覚えのある姿を見つける。仙道だ。魚住はボールを運ぶ仙道の動きを目で追った。ゴールネットが浮き上がる。両手を上げて喜ぶチームメンバーに囲まれ笑う仙道に魚住の口元も緩やかに上がった。目を離して黒板に向き直る。僅かな時間だというのに夥しく増えていた文字たちを、消される前に書き写さなければならない。

 弁当を食べながら、魚住はクラスメイトの雑談に適当な頷きを返していた。今回のテスト範囲広すぎる。そもそも教室が暑くてやる気がしない。暑いのは確かに魚住も同意するところだ。食べ終わり空になった弁当箱を包み直していると、
「魚住! センドー!」
 呼びかけに顔を向ければ、ドア近くの席に座るクラスメイトが指で人影を指し示す。顔を覗かせた仙道が手を振っていた。魚住のクラスに姿を見せるようになったのはここ半月のことだった。
「あいつ、ようくるな〜」
「ちょっと行ってくる」
 いってらっしゃ〜い、見送る声を背に受けながら魚住は仙道の元へと向かう。ちょっといいですか。頷いた魚住を見て、仙道はじゃあ屋上と短く伝えた。廊下では食事を終えた生徒達が各々の時間を過ごしているようだ。仙道に気がつくと何人かは軽い挨拶をしていた。インターハイ予選の活躍を受けてのことだろう。惜しくも全国への出場は叶わなかったが、それでも仙道のプレイは凄まじいものだと聞いている。
「夏休みなんですけど」
 屋上に繋がる階段を上りながら仙道は口を開いた。
「どっかで遊びに行きませんか」
 踊り場に辿り着く。屋上に繋がるドアを開けると、目に刺さる光が溢れ返った。日差しの強さも相まって、人影は少ない。塔屋で出来た日陰に入ると魚住は呆れた声を上げた。
「屋上まで来て言うことか」
「二人になりたかったんですもん」
 仙道はねだるように答えた。
「合宿とかあるだろ」
 魚住の言葉を受けて仙道の目が空に向く。僅かに体を傾けて、考え込んだ声を出す。魚住は今までの対話で知った仙道の人となりを思い起こすと眉を上げた。
「オレが言うことじゃないけど、お前はスタメンなんだからちゃんと出るべきだ」
「そりゃそうですけど」
 魚住から苦言を呈されているが、どこか浮き足立った返しだった。仙道は魚住の厳しい言葉ほど喜ぶ節がある。軽い笑いを溢してから、仙道は「合宿終わったら」と続ける。
「それ以外だったら遊んでくれますか」
「日程が合えばな」
「合わせますよ、それくらい」
 だからもう決めましょうよ、と仙道は魚住に身を寄せた。「手帳に書いちゃいましょ」魚住の胸ポケットを突いて生徒手帳を出すように促す。
「書くものがない」
「鉛筆あります」
「……用意がいいな」
 仕方ないといった顔で魚住は手帳を出した。年間カレンダーのページを開いて、どうすると手帳を仙道に向けた。次々と上げられていく日程に「そんなに遊べるか!」と魚住が声を荒げる。
「言った日ぜんぶ遊んでくれるつもりだったんですか」
 魚住の肩へ額を押し付けた仙道が大きく笑う。珍しく弾けた声が屋上に響き渡った。からかうな、と魚住が顔を赤らめて笑い揺れる仙道の体を押した。素直に体を放すと、魚住の顔をまじまじと見つめ、
「髪、切らないんですか」
「お前のその飛び方どうにかならんのか」
「短いの似合うと思うんですよ、ほら、染めるのもやめて」
 途中で仙道の言葉は止まった。魚住も黙った仙道を見つめながら「黒染してるって言ったか?」と疑問を口にした。
「根元ちょっと色違ったんでそうかなって」
 魚住はさして気にした様子もなく納得すると手にしていた手帳をはためかせて「それより夏休みの予定だろ」と急き立てるように言った。仙道が手帳を覗き込んで、再び日付を口にする。それを聞きながら魚住も、いくつかの日付を鉛筆で叩いていった。

 八月の終わり、浜辺には未だ海水浴にきた人々で賑わいを見せている。
「家きませんか」
 横に立っていた仙道の提案に魚住は頷いた。人々の声と波の音が混じり合って風と共に吹き抜けていく。仙道の指が魚住の手のひらに当たり、その感触は腕を駆け登る。

 夏休みの記憶がない、と魚住は言った。九月一日、新学期の始まり。始業式が終わった教室は担任の教師がくる間、喧騒に包まれていた。
「ようくる後輩と遊ぶって言ってたじゃん」
「そうだ、遊んだ」
「記憶あるじゃん」
「……ふんわりとしている」
「こわぁ」
 言うもののクラスメイトは「まあでも確かになんかふんわりしてるわ、何してたっけ?」と腕を組む。似たようなことしてると忘れちゃうんだよな。ぼやきを受けて、魚住はどうだっただろうかと思い返そうとするが、やはり夏休みの出来事は薄ぼんやりとしていた。父親と競市に行った。夕飯に出す副菜を一品手伝って味を見てもらった。課題をやって、八月の後半に仙道と遊ぶ約束をしていて。魚住はそこで顔を顰める。仙道と何をして遊んでいただろうか。アイツの家に行ったような……と濁して唸る魚住を眺めていたクラスメイトは、催眠を受けた人と指さし笑う。それから、三つ数えてから指を鳴らすと魚住は何があったかを思い出す、と仰々しい演技をしてみせた。
「一、二、三、はい!」
 指が鳴る。
 だが当然のように魚住が何かを思い出すことはなかった。

 相も変わらず部活には遅れていくようで、終業後に閑散とし始めた教室に顔を見せた仙道は、残っていた生徒たちに頭を下げながら魚住の隣の席へ腰かけた。帰り支度をしながら夏休みのことを仙道に問いかける。
「オレん家でテレビ見てましたよ、あと課題みてもらってたかな」
 あー昼ご飯も作ってもらった、と仙道が人さし指を立てて円を画く。
「そんな気もする」
「嘘でしょ、忘れちゃったんですか」
 魚住はバツの悪い表情を見せた。
「脳も古くなってますしね、それじゃもう一回夏休みしますか」
「ふる、……何が言いたいんだ……」
「えーっと、反復学習」
 金具を留めると魚住は席を立ち、
「ほら、バカ言ってないで部活に行け」
「途中まで一緒に行きましょうよ」
「分かった、分かった」
 やったぁ、と仙道は気の抜けた声をあげて立ち上がった。並び歩く廊下はタイミングのせいか人影はなく、仙道と魚住の足音だけが響いていた。遠くから楽器の音が聞こえてくる。その音を聞いてか「ブラスバンドって走り込みもするんですね」と仙道は思い出したように言った。肺活量がいるからかな、魚住の答えに間延びした声と共に頷いている。
「ちゃんと顔出すんだぞ」
 玄関につくと魚住は下駄箱から靴を出しながら仙道に強く言った。行きますよ、と呟いてから仙道は片手を出した。差し出された手の意味を捉え損ねた魚住は動きを止める。
「魚住さん、手」
 焦れたのか仙道は手を振る。訝しげな顔をしながら魚住は手を上げると、仙道の手のひらに乗せた。指が閉じて握り込まれる。再び指の力が抜ける。何度か繰り返して手を握っていた仙道は「やっぱやわらけ」という一言と共に手を離した。

 八月十六日、魚住は仙道の家にいた。学校から少し離れたマンションは海近くなこともあり、窓を開けていると時折波の音が聞こえてくるそうだ。寮もあったはずだが、と聞けばルール多いじゃないですかと仙道は首を振った。広げられたテキストは半分ほど残っていると言っていた。魚住は覗き込むと、部活の連中とやらないのかと問いかけた。前はやったんですけど、と仙道が魚住と目を合わせる。
「今回はずっと魚住さんといようと思ったんで」
「なんだそれ、じゃあ残りもずっと一緒にいるか」
 瞬いて仙道は、本当ですかと続けた。だから早く終わらせるぞ、冗談めかして笑いながら魚住はテキストを指で叩き意識を向けさせようとするが、
「予選なんですけど、赤木さんって人がいて」
 仙道はテキストを指していた魚住の手を掴んだ。いやに強い力で握られて、動かすことができない。「知ってますか、赤木さん」魚住の様子を無視して仙道は続ける。アカギ、と繰り返して魚住はしかし覚えがないと答える。仙道の口角が上がった。黒い目には光が散らばり始めている。
「魚住さん、オレってどんな魚だと思います」
 仙道、と窘めるように口にして腕を引こうとするもやはり握られた手が動くことはない。どんな魚になるのか、問いかけに魚住は何も思いつけなかった。あれほど見てきた魚があるというのに適当を言うこともできず、ただ分からないと答えることしか出来なかった。

「やっぱ海南と翔陽って強いですね」
「残念だったな」
「うーん、まあこうなったら来年がんばります」
 魚住さんがいる間に全国行かないとですね。ウィンターカップの予選も終わったらしく、数日は休養とし部活がないそうだ。魚住のクラスに当然のごとく顔を見せた仙道は、ここぞとばかりに「だから一緒に帰りましょう」と魚住の手を引いた。秋口の心地よい風が頬を撫でていく。
「こういうとき、魚住さんって何して帰ってたんですか」
「どういうときだ」
「そりゃ気心の知れた相手といるときですよ」
「オレはお前のことさっぱり分からん」
「ええ、疑りすぎなんじゃないですか」
 そうではない、といった目を仙道に向けるも魚住は諦めたように溜め息をついた。仙道の会話は時に独特のテンポを見せる。不意打ちのように放たれる言葉の数々は魚住に扱いきれないものだった。
「買い食いとかしたことありますか」
 少し考えてから、いや、と首を振る。仙道は魚住の腕を掴むと、「コンビニ行きましょう」と強引に歩を進めた。突然変わった方向に足をもつれさせながら魚住は着いていく。
「待てまて! 仙道!」
 珍しく足早に駆ける仙道を止めようと魚住は声を張り上げたが、当の本人は聞こえていないと言いたげに速度を一切緩めようとしない。進んで、右折をしてまた進む。普段と違う道の先、コンビニが見えるとやっと仙道は歩を緩めた。お前なあ、と呆れ半分の声を流して振り返ると、
「肉まん食べましょう」
「好きにしてくれ……」
 ありがとうございました、と店員の声が飛ぶ。軽快な電子音と共に外へ出ると、脇に外れて肉まんの封を開けた。「おでんでもよかったかも」と仙道が今さらなことを言っている。魚住はといえば、大入りでいいですよねと勝手に頼まれた肉まんを口に含みながら果たして夕飯を食べ切れるかと思い悩む。
「七月まで一年切ったじゃないですか」仙道が咀嚼しながら話始める。
「それで植草から聞いたこと思い出したんです」
 思わず「ウエクサ?」と聞き返した魚住に、ああとぼやくと「部活のやつです」と仙道は付け足した。肉まんに再びかぶりつきながらも話続けようとするのを、食べ終わってからにしろと魚住が諌める。何を話したいのか、仙道は次々と肉まんを含み飲み込んでいき、最後の一口を食べ終わると袋を丸めてゴミ箱へと捨てる。魚住の手にはまだ半分残った肉まんがいる。
「公転周期の話になって、」
 仙道の指が何度も円を画く。
「人間にも周期があって、同じような経験をして、同じ人と再会するんですって」
 回り続けていた指が止まる。
「それが二千五百万年で」
 肉まんを食べながらも、話を聞いていると伝えるため魚住は軽く頷いた。
「だからその二千五百万年さえ経てば、オレは魚住さんとまた会えるんですよ」

 中間テストの返却も終わり、学年毎の順位表が各階の廊下に張り出されている。魚住は順位を確認すると、ギリギリ半分と呟いて、ふと成績上位の並びに目を滑らせていたが、その横で普段以上に騒がしいクラスメイトが「補習いやだぁあ」と喚く騒がしさに気を取られる。
「返された時にわかってたろ」
「ワンチャンかけてたの!」
 補習一緒に受けようよぉ、と縋り付く手を払いのける。「お先真っ暗だ〜」項垂れる背中を辟易として見やり、来年世界は終わるんだろと投げやりに慰めれば、震えていた背中がまっすぐに伸び、両手が一度打ち合わされる。クラスメイトの顔が憐れむように歪められていた。
「うんうん、そうだね、来年世界は終わっちゃうもんね」
 その言葉の意味するところを察すると魚住は顔を赤らめて「オレは信じてないぞ!」と否定する。お前が言ってたんだろう。聞く耳を持たずに両手をあげ、いいのよ素直になりなさい、とやたらに優しく語りかけてくるクラスメイトの頭を腕で締め上げれば、
「嘘じゃん! 嘘じゃん!」
 弾ける悲鳴を流して魚住は更に力を込めていく。ぎゃお、と芝居がかった叫声が上がった。
 と、いう話を魚住は玄関ホールの片隅で仙道へと話していた。興味なさそうに鼻を鳴らしてから、そんなことより、と魚住の言葉を遮ると、
「オレ結構いい感じだったんですよ、褒めてください」
 頭を魚住へと擦り付ける。仙道の逆立った髪の毛で首筋を擽られながら、魚住はその後頭部を乱雑に撫で上げた。ワックスで固められた髪が潰れ、くしゃりと音を立てている。
「どんなもんだったんだ」
「へへ、十三位です」
 仙道は無邪気な顔を見せたが、一方で魚住は苦虫を噛み潰したまでいかずとも渋い顔を浮かべてみせた。引き離そうと仙道の肩を掴むが回り込んだ腕が魚住の腰を捉えているせいで微動だにしない。
「本当に課題を手伝ったのかいよいよ分からん」
「教え方が上手いんですよ」
「そんなわけあるか。おい、いいから離れろ!」
 もうちょっと、仙道の甘えた声が耳元を転がっていく。充分だろ、と呻いて引き離そうとする魚住に「少し鍛えた方が良いですよ」と仙道はからかった。

 文理選択の用紙に黒点がいくつもちらばっていた。夕日の差し込む教室、魚住は頬杖をつき鉛筆を遊ばせながら考え込んでいる。もう数人しか残っていない教室では、談笑する声が木霊する。
「魚住くーん、」
 呼びかけに気がつくと魚住は顔を向けた。少し離れた席で話していた生徒達が、呼ばれてると魚住を手招いている。教室の入り口に目を向ける。
「わりぃ、どっかに紛れ込んでたみたいでよ」
 魚住は自分より幾分か背の低い男が差し出したタオルに目を向ける。見覚えのある店名が書かれたタオルだ。父親がよく連れていってくれた場所だった。
「今さらだけど、ありがとうな」
「いや、気にしないで池上くん」
 池上からタオルを受け取りながら魚住は鼓動が乱れていくのを感じた。一方で池上は平然としている。タオルが受け取られたのを見ると、軽い挨拶をして背を向けようとする。思わず魚住は声を上げ呼び止める。怪訝な顔を見せた池上に、ええっと、とタオルを握りしめた。
「オレもいまさらなんだけど」
「なんか貸してたか?」
「そうじゃなくて」
 深く息を吸い込み、
「部活のとき、ありがとう」
 池上の表情に代わりはなく、ただ「ああ」と呟いただけだったが何かを思い出したように眉を上げると、
「仙道のやつと仲良いって?」
「え? ああ……よく話すよ」
「朝練でるようにお前からもいってくれよ」
 うんざりとした表情だった。
「アイツがいるの五割もねえんだ、先生大荒れでさ」

 隣を歩く仙道が黙り込む。魚住は落ち着かない表情で「ごめん」と小さく謝罪する。
「謝ることじゃないですよ」
 そう答えるものの仙道の態度は普段よりも固いものだった。逃げるように魚住の目が遠くへ向けられる。住宅街の隙間から水平線が覗いて、街の光を反射していた。
「少しだけ時間ありますか」
 仙道の家に来るのは何度目のことであろうか。お邪魔します、と口にして靴を脱ぐ。「座ってていいですよ」と玄関の鍵をかけながら仙道が先へ促した。魚住は慣れたように廊下を進み、ドアを開けると壁際のスイッチを探り指で押す。二度、三度の点滅の後に電気が点いた。台所とその側に小さな机と椅子があり奥に更に引き戸があった。上着を脱いで椅子の背もたれにかけ、足下に鞄を置く。椅子に腰かけると魚住は後から姿を見せた仙道の様子を窺った。
「それで、どうしたんだ」
「あーええっとですね」
 上着を脱ぐと乱雑に床に放り捨てて仙道は少々悩んだ様子だったが、
「朝練なんですけど」
 道すがら話した内容を口にする。朝練にあまりいないと池上から聞いたがしっかり出ないと、言葉の途中で魚住は仙道の表情が固くなっていることに気がつき、思わず謝罪をしたのだ。
「池上さんから聞いたって」
「ああ、悪かったよ部活に関係ないオレが——」
「それはどうでもいいんですけど」
 仙道が魚住の側へと立った。口元を手で隠して何事か考えている素振りを見せる。
「おかしいな」
 言い終わるや否や仙道の手が魚住の片耳を力任せに捩じり上げた。唐突な痛みに声を荒げた魚住を意に介さず掴んだ手を動かした。動きに合わせて魚住の体もついていき、床へと椅子から転げ落ちる。手を離すと仙道は横たわる魚住の体に跨がった。掴まれていた片耳を押さえて痛みに耐える魚住の目には涙が溜まっていた。「んー、」と仙道は先ほど同様に思案していると言いたげに声を漏らした。混乱したまま魚住は仙道の名を震えて口にする。乗り上げた体を押し退けようと身じろぐと、鼻柱のひしゃげる音がした。
「ちょっと考えるんで」
 殴られたのだ。握られた仙道の拳が再び振り下ろされる。魚住は声を上げて両手で顔を覆った。
「そうそう、少し待っててください」
 仙道は歪に呼吸し揺れる魚住の体から腰を浮かすと、べったりと合わせるように次は魚住へと横たわってみせた。薄い胸から早鐘を打つ鼓動の感触がする。両手を這わせて肩を押え付けると上体を起こし、
「少しは鍛えた方が良いって言ったのに」△△△
池上って魚住が女体だったらあんな過保護になってなさそうすぎるんだよな。統括女(雑括り)を魚住に求めてないけど、肉体関係できましたねとなった相手の立場は女としてみるといいますか、こう…こう…
あと中出し!受胎!までが範囲であって産まれた子供に一切興味なさそう。それは仙道もそう(仙道は産むところがみたーいなので)
ならやっぱオタクがすべきは男体魚住の性器が突然変わっちゃった〜!じゃない…?!の#池魚 でも考えるか

翌る日の朝、魚住はトイレで固まっていた。ずり下げたズボンと下着もそのままに己の股間を真っ白な頭で見下ろしていた。
という、なんとか済ませるもてんやわんやだし親には言えないし誰にも言えないしでうぐうぐしてたら生理がきてパニクった時に、池上に話そうとこう決意をするといいますか。魚住の中で池上が公私分明な男であった。(彼は魚住たちの二学年上の先輩を毛嫌いしていたが部活中にそれを表に出すことは一切なかった、魚住にはあまり関わるなというほどであったのにだ)なので仮に池上がいま不気味な現象に巻き込まれている魚住を気味悪く思ったとして、それを態度に出すことはないだろうと考えたのだ。オレはズルいやつだな、魚住は痛む腹を抑え心の片隅でぼんやりと考える。
「池上、すまない少しいいか」
「なんだつれションしてほしいのかよ」

オレはこれからお前に気持ちの悪いものを見せるが許してほしいだとかなんだという魚住の、なんとも回りくどくうだつの上がらない言葉を池上はどうでも良いと切り伏せてやりたかったが、魚住という男は待ってやるべきものだったのでその非常にノロマな会話に付き合ってやるのだ。変な意味はないと言ってから首を傾げてまた悶々としている魚住のうなじにはふつふつと浮き上がる汗があった。確かにトイレの個室で男2人とは、池上は狭苦しく据えた臭いのする空間で、混ざり合おうとする魚住の体臭を追った。何だってんだ、幾年も待ったような気分になる頃、魚住はやっと動いてジャージに手をかける。
「ァ?」
ずるりと下げられ露出した魚住の股間には何もなかった。あるのだが。いつからこうだった?こいつに変わった様子はなかったはずだ。
「ぃ、池上…」と、魚住は鼻を詰まらせ涙ながらに続ける。どうしたらいいだろう。
下げられた下着にねっとりとついた血が糸を引いて魚住の性器に続いている。二メートルもある、しなやかに鍛えられた体の、その一部のみが女であると?
ぅ、と小さくうめいて魚住の太ももが僅かに震えれば、どろりとした塊が、下着の染みを広げようと溢れ滴り落ちる。狭く臭い個室トイレで、血の臭いがして、魚住は泣いていて、こいつはいま女なのか。△△△
リリカル#仙魚 に文字付け足しちゃうか

人魚の肉を口にしたことがあるか、と問われれば夢でならば幾度と答えるであろう。幼い頃より馴染み深い夢には恵体の人魚を貪る男が浮かび、都度に懐かしい空腹を思い出している。
「人魚っても結局は魚なんで」
波止場に腰掛けて仙道は揺れる釣り糸を見つめていた。海から吹き込む異様な風の冷たさは仙道に宛てられた怨嗟であった。傍らに座る魚住が心地良さげに目を細めたのが何よりだ。薄雲が伸びた空から降る日差しはそれなりに柔らかく、程よい眠気も誘うのだろう。それで。人魚だ。人魚の話になっていた、仙道が戯れた話題を飛び越えて、そういえば神奈川にもあるらしいぞと魚住が続けたのだ。クラスにそういうのが好きなやつがいてな、ヤオビクニの墓があるらしい、人魚を食べて長生きしたんだと。箱根だったか? 駅伝やってるとこですか。それで仙道は夢を思い出し、魚だと口にしたのだ。
「案外食べれちゃうものなんですかね、魚住さんの顔してたら食べれるかなぁ」
「オレの顔? それは……見逃してやってくれ」
仙道は揺らぐ釣り糸を巻き上げた。リールの音が海に飲み込まれていく。人魚を食えば不老長寿だとは世迷いごとでしかない、あの男は変わりなく老いていき波に拐われて死んだのだ。数多の魚が肉を食い散らかしていく光景を覚えている。どれほど身を荒らされても、我がうちより手にした魚が出てくることはなかったことを。
「釣れなかったな」
魚住が海風の中で笑い、それは仙道にとって豊かで安らぐ姿だった。
「釣り終わってますからね」
「またわけのわからんことを」
オレの魚だ。あの日からずっとそうだ。背中に縋り付こうと吹き上がる風を横目に仙道は魚住の手に触れた。それは水温として柔らかで、仙道が持つ熱を吸い取り僅かに引き攣れる。惨めな潮風が山中に潜り込み微かに薫るも、それらは芽吹きの空気によってすぐさま押しつぶされる。海は遠い。暴れることもなく仙道の熱に身じろぐだけとなった魚も理解しているのだろう。深くにあるこの場所から出て生きてはいけないのだと。
「——、」
水辺から引き上げさせれば魚の喉が動き、開いた口からのたうつ舌が覗く。人魚とは、伝えにあれば水面から離れられずとも岩礁に上がり悠々唄うのだと。「おまえは唄わないね」鱗の剥がれた尾がひるがえり水飛沫は仙道と魚へ当たる。下半身に生える四つ脚が踠いて、果たして脚のある人魚がいるものかと裂けた薄紅の尾を追いかける。やがて腕に感じる重みは弱々しく、仙道はそうしてようやく魚を水中へ戻し大きく震えた恵体を見つめる。土が舞い濁った水の中でもようよう白く、赤く輝くものだ。池の中へ進み体を沈めると仙道は再び魚を抱き留めた。泳ぐには不自由な狭さで、深さもない池の中に何を留める必要があるか。しかし仙道は存分に力を込める、魚の体に己の腕に従った引き攣れが浮かぶことは愛おしく、これはまさしく抱擁であった。抱き上げた腰を寄せ穿てば、魚住は短く声を上げる。見開いた目になみなみと溜まる涙はあの水面に似ている。魚住の目には揺らめいた己が映っていることだろう。
「魚住さん、息しなきゃ」
はくはくと唇を震わせ魚住は体をくねらせた。後ろ手に縛り上げた体の跳ね上がりは魚に似るも、ここにあるのは長く揺蕩う尾でもなく、太く整った2本の足だ。仙道は開いた口の中踊る舌を眺める。僅かにも満たない呼吸は魚住の喉が鳴らぬことを示し、ようやっと吐き出された息が、不器用に吸い込む息が、それらの微かな音だけが仙道の耳に潜り込んだ。脳裏にしのびくすぐるもの、疼くこめかみは仙道をより荒々しくさせていく。とうに混ざりきった体温が突然乖離していくようにさめたものが横たわる。「魚住さん」問いかけに答えることもできず揺さぶられる魚住の体が一際大きくしなると、仙道の体を強くはさむように足がこわばり「魚住さん」弛緩しかけた体を強引に目覚めさせる。
「ね、もう誰にもついてっちゃダメですよ」
胸元から喉へと舌をすべらせ、引き攣り動く喉仏への噛みついた。今生もなんと食いがいのあることか。△△△